「今日からっすよね!街にNovaの巨大広告が貼られるの!」
定期的に行われているフリプロ所属アイドルNovaとLuluによるコラボ企画。今回はLuluが全面的にプロデュースしており、女性ファンをターゲットにNovaの2人をイメージしたコスメセットの販売をする…というものだが、その発売日と合わせて街中に広告が掲示される。公式サイトやSNSでも事前に発表があり、彼らのファンはこれを写真に収めたり一目見ようと訪れるのだ。
加えて、今日は3月9日。日付が発売日と重なったのは偶然ではなく白咲晄によるこだわり…だったそうだが、ファンにとってもこの上ない特別な日。街中が普段以上に人で混雑されることは誰にだって容易に想像がついた。
「僕と一緒に見に行こうか、桃」
「え゛っ!?」
「…?何その”何言ってんすか”みたいな顔」
「いや本当に何言ってんすか晄さん!?」
Budの桃江晴太がNovaの炬闇朔に憧れてアイドル志望した、という話は本人がテレビや雑誌等でよく話す為ファンの間でも有名だ。
少し前までアイドルではなく普通の学生で、ただのファンだった。夢のような話だが今では直属の後輩…事務所関係者という肩書きでいくらでもライブは観れるしグッズだってスタッフに頼めば簡単に手に入るのだが、憧れの人と同じ世界に立った今でもファンクラブ会員の資格は失効せずに継続しており一途に”ファン”を続けている。
Novaの人気がとてつもないことは周知の事実だというのに、そのユニットに所属する当人から出た言葉に驚きを隠せなかった。
「今年は生憎オフが取れなくてね、僕はさっきまでドラマ撮影で立て込んでいてようやく時間が空いたところなんだけど朔はこれから単独で仕事なんだ」
「Novaの広告の前に本物のNovaが現れた時のファンの気持ち考えたことあるんすか…?」
「嬉しいよね」
「そんな軽い気持ちじゃ済まないっすけど!?現場大混乱っすよ!!行けるわけないじゃないっすか!!」
「寂しいこと言うなよ桃」
「当日じゃなくてもう少し人が少なそうな日と時間帯を狙うとか…!」
「いや、今日がいい」
彼らNovaのやり取りを見ていればファンでなくても一目瞭然なことがある。
白咲晄も炬闇朔もお互いの距離感が異様に近い。
同じユニットで相方同士であるのだから仲が良いと言ってしまえばそれまでだし、ファンサービスが過激であることも人気の要因ではあるのだが…(詳細は省くがライブは年齢制限を設けたほうがいいのでは?というレベルの時がある)。とにかく相方のこととなると絶対に譲れない、という頑固な印象が桃にはあった。
…明日の芸能トップニュースに取り上げられることを覚悟しよう。
ファン目線で考えれば、桃だって行きたくないわけがないのだ。
「…俺、これから変装して一人でこっそり行こうと思ってたんすよ」
「好都合」
晄が満足そうにニコリと微笑む。
「街中までどうやって移動するつもりっすか?」
「いるだろ、僕ら共通のマネージャーが」
◆ ◆ ◆
夕暮れ時。今日は一日中晴天だった。
下校途中の学生や仕事帰りでスーツを着た社会人など沢山の人達で賑わっている。空を見上げると月が薄っすらと姿を現しており、もうすぐ太陽が一日の役目を終え完全に沈む。店や街灯などの電気もちらほらと点き始めていた。車内で流れるBudの曲を口ずさんでご機嫌な様子の晄とは裏腹に、妙な緊張感が増してくる桃。目的地周辺に到着したようで、駐車出来るスペースに車が停まった。
「久しぶりにここまで来たよ、ありがとう佐伯マネージャー」
佐伯夜空。
御器谷椿と桃江晴太の担当でBudのマネージャーだが、晄もKILLERKINDというユニットで椿と活動しておりその繋がりでお世話になることが多い。Novaには専属のマネージャーが就いていない為、正確には”共通”というわけではないのだが何かあった時は基本的に彼頼りになっている。
今日は椿の仕事もオフだったので夜空の手が空いており、用件を伝えると最初は渋られたが最終的に”条件付き”で街中まで車を出してもらえることになったのだ。
「”長くて5分、騒ぎになりそうだったら5秒”で戻って来いよ」
「5秒じゃ広告まで行けないし写真撮れないな」
「晄さん、自分が白咲晄だって自覚あるんすか…?」
「お前らが来てることが一般人にバレたら騒ぎにならないわけがないだろ」
「朔の広告を見に来ただけで僕ら何も悪いことしてない、バレたらバレたでビッグサプライズになるだけなのに。ね、桃」
「トップになるとこうなっちゃうんすね……」
「アイドルっていうだけで僕らだって普通の人間だよ、犯罪を犯してるわけじゃないんだ、普通の人間が普通のことをして何が悪い?」
全く悪気の無い顔でケロッとそう言う晄に夜空が苦笑したがすぐに表情を戻す。
「晄、後輩を連れてるって自覚はあるよな?」
「桃に何かあったら僕が守るしBudと事務所に迷惑を掛けるようなこともしない、それは約束する」
晄と桃は用意された黒のキャップを深めに被りマスクも着け、広告前の人通りが少し減ったタイミングを見計らって車内から降りた。100%バレない完璧な変装ではない。ファンの目敏さはアイドル達もよく分かっている。
「本当はこれ被りたくなかったんだけど」
「だめっすよ晄さん」
一般人とすれ違う中、キャップの位置を調整しながら普通に声を発して歩く晄にシィ…とマスクを着けた自分の口元に人差し指を当て小声で話すよう指示を出した。
「こそこそ話してたら逆に怪しくない?」
「5秒で佐伯さんとこ戻りたいなら普通に喋って良いっすよ」
「ふふ、言うようになったね」
中心街、帰宅ラッシュの時間帯というだけあって様々な人が行き交っている。
人通りの少ないタイミングで降りたとはいえ広告前がガラ空きになるようなことはない。鞄にNovaの公式グッズを付けた若い女性達の姿も目に映った。広告に夢中の様子でスマホで写真を撮っている。こちらにはまだ気づいていない。まさか背後に白咲晄とその後輩である桃江晴太が立っているとは思いも寄らないだろう。
桃が晄をチラ…と横目で見ると写真を撮っている女性達のほうを指差し声を掛けたいという旨のジェスチャーをしてきたが必死で阻止した。
程なくして、満足した女性達が広告前から立ち去った。
広告に足を止めず行き交う人は沢山いるが、周りを見渡した限り目に見えてNovaのファンだと分かる人の姿はない。一人で広告の写真を撮っている男性はいる。桃江晴太や類瀬藍がそうであるようにNovaに男性ファンがいるのは決して珍しいことではないのだ。
「今がチャンスじゃないっすか…?」
「チャンスだね」
仕事として何度もこなしてきた広告撮影だったが、実際にファンと同じ目線で自分達の顔を見る機会が晄にはほとんど無かった。多忙になればなるほど、こうやって街中を自由に歩く時間が取れなくなっていた。
───Novaのイメージカラーである白と黒。
今回のコスメはそれぞれ月と太陽をイメージしたシックでお洒落なデザインとなっている。シンプルで対照的な色を背景に、モデルである晄と朔2人の綺麗な顔がよく映える。
毎日一緒に過ごしているからかもしれないが、プライベートでの相方の柔らかな印象が強くなりすぎたせいで仕事をしている真剣な表情にグッと目を惹き付けられ、いつの間にか視線が外せなくなっていた。
……僕は今、朔のファンになってる。
あの頃の、出逢った頃の、過去の朔はもういない。
少なからず、晄にはそう感じ取れた。アイドル業だけにとどまらず今では俳優やモデル、声優など様々な仕事をこなしている。どれも楽しそうに、だ。
”朔ちゃんって、晄ちゃんといる時が一番イイ顔してるわよね♡”
”あら、晄ちゃんだってそうよ”
”Novaは対照的だけど両方が両方にとって必要な存在でしょう?”
”二人で一つなのよね、どちらが欠けても良くないわ”
ふと、僕らの撮影に同行していたLuluの言葉が頭をよぎる。この広告撮影でも朔は休憩中、始終笑顔だったのを思い出した。
…おかしいな、毎日一緒なのに少し離れただけでもう朔に会いたくなってきた。
誕生日までお疲れ様。朔の仕事が終わって、家に帰ってきたら沢山甘やかしてやろう。
「風舞くん!?」
突然、横にいた桃の口からよく知る人物の名前が挙がる。
「えっ…桃くん!?晄さんも!?何で!?!??」
眼鏡を掛けているが先程から一人で写真を撮っていた男はBudの酒々井風舞だったのだ。
桃と風舞二人の驚いた声が大きすぎて周りを歩いている人達の視線が一気にこちらへと集中する。キャーッという黄色い悲鳴や「ああ、アイドルの…」「芸能人?」など様々な声が聞こえてきた。……確実に、バレた。多分まだギリギリ約束の5分を過ぎていないはずだ。目的の写真は撮れた。この人の多さでひとりひとりにファンサービスをしていたらさすがにキリがないと判断した晄は桃と風舞の腕を引っ張りながら「Novaの新作コラボコスメよろしくね」と近くにいた女の子にウインクをして車が待っているほうへ急ぎ足で戻った。「プライベート!?」「他メンもいたりする!?」ファンも潜んでいたようで突然の出来事に理解が追い付かない様子だ。三人はざわつく広告前をどうにか後にした。
◆ ◆ ◆
「!?なんで風舞もいるんだ」
「すみません俺も何がなんだか…」
「ごめん、事情は後で話すからとりあえず車出して」
夜空がエンジンを掛け、車が発進する。
「結局俺がやらかした感じなんすよ…大きい声出しちゃって…すみませんっす………」
「写真はちゃんと撮れたし大丈夫だよ桃、それよりまさか風舞が先に一人で来てるとは思わなかったな」
「大学の帰りだったんですよ、広告今日からだなーと思って…」
「風舞は偶然居合わせただけか……で、結局バレたんだな」
「「バレました」」
Love and Longing
( 愛と憧憬 )
朔くんに対する愛=晄、憧憬=桃
お祝いとは…という内容になってしまったんだけど、やろうとしていたことが絵に出来なかったので取り急ぎ文字で形にしました。
HAPPY BIRTHDAY! 2021.03.09
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