ガラララ…
静かに病室のドアが開く音がする。
「鈴ちゃん、来たよ~!…あれ?鶴ちゃん、鈴ちゃん寝てるよ?」
「さっきまで検査だったから疲れたんだろ、起こしてやるな」
「残念…たくさんお話しようと思ったのに…。…ねぇ鶴ちゃん、鈴ちゃんいつ退院できるのかな…?」
「…わかんね。良くなってきてるみたいだけどよく呼吸乱れるしまだ暫くは…」
「…そっか…ぼく早く鈴ちゃんと遊びたいな!外で走り回るの!鈴ちゃん可愛いから捕まえたら離してあげなーい♡」
「俺も参加していいなら2人とも捕まえて俺の抱き枕な♡」
「えぇ~!鶴ちゃん寝相悪いからやだ~!!」
「しっ、声がでかい。鈴が起きる……6ヶ月もこんな所にいるの嫌だよな…」
「…鈴ちゃん、早く良くなって…」
眠っていたけど、何故か声は聞こえていて…2人の兄の声が悲しそうで辛そうで。俺の耳に入ってると知らない兄たちは俺の頭を撫で続けてくれた。再び深い眠りに落ちるまでずっと…。
小学校低学年までは周りの子と一緒だったと思う。三年生のマラソン練習の時、いきなり呼吸ができなくなって苦しくて血も吐いて初めて救急車に乗った。いつの間にか意識を飛ばしていたようで目が覚めたら兄二人が騒がしくて驚いたっけ。5つ上のつづりは中学にあがってから中世的な見た目になった。たまにお姉さんって呼ばれている。…あの男らしさがこれっぽっちもない話し方も原因だろう。8つ上の連鶴は勉強で忙しくても俺やつづりと遊んでくれる。次期生徒会長に推薦された…みたいな事言っていた気がする。勉強できるし運動も得意、気遣いができて身長も高くて…俺の憧れ。絶ッッッ対本人には言わないけれど。
二人は毎日学校帰りに病室に寄って学校の話をしたり勉強を教えてくれた。すぐ元に戻れるように。土曜と日曜は二人のどちらかが一日中俺と一緒にいてくれる。今思えばかなり溺愛されていた。それが普通だと思っていたから素直に甘えたし我儘も言った。個室で話し相手が看護師さんか診察の医者だけで暇だったのもあったが。平日の昼間は看護師さんに本棚のところまで連れて行ってもらいずっと本を読んだ。読めない漢字はなんとなくそれっぽいようにあてはめて。二人に習得したての本の知識教えると褒めてくれるしそれが嬉しかった。
「鈴ちゃん、来たよ~♡体調どう?」
休日は大体がつづりが来て日曜の夕方から連鶴が顔を出す事が多かった。その日もつづりだけだった。両親も来てくれるが仕事を抜け出して来るらしく長くはいれなかった。詳しくは知らないが重役だと言っていたし仕方がない。看護師さんにはなかなか会えないと寂しいよねと声をかけられることもあったがつづりと連鶴がいたおかげで寂しいと思うことはなかった。
「普通。いつもと一緒だよ。…その袋何?」
いつも持ってくるのはコンビニやスーパーのビニール袋で大体中身はプリンとかゼリーとかつづりがその時食べたいもの。今日は珍しい茶色い紙袋で店のロゴも見慣れないものだった。
「気づいちゃった?ふふ~…ジャジャーン☆たい焼きだよ!!最近学校の近くにたい焼き屋さんができてね?美味しかったから鈴ちゃんに買ってきたの」
「…甘いの苦手なの知ってるのにそういうことするんだ…つづりひど…カラ〇ーチョとか激辛スナックとかのほうが嬉しいのに…」
「あれが好きとか鈴ちゃんの味覚どうかしてると思う…僕あれ二度と買わないからね…」
先週来た時はリクエストした激辛スナックの唐辛子Max味を買ってきてもらった。俺が袋を抱えて食べていたら余程美味しそうだったのか二人とも食べたいと言ってきた。独占したい気持ちを抑えて少しだけなら、と二人に一枚ずつ分けたのだが、食べた瞬間物凄い速さで二人とも病室を飛び出して行った。戻ってきた時に聞いたが水を買ってがぶ飲みしたらしい。その後『こんな刺激物を食べちゃダメ!』とスナックを取り上げられてしまった。俺はもっと食べたかったのに。二人が辛いのダメなだけでしょ?
「あれくらいが丁度いいのに…たい焼き甘そうだもん。」
「甘いもの食べると元気になるよ?騙されたと思って食べてごらん?餡子とカスタードどっちがいい?」
「……餡子」
意地でも食べさせるつもりなのか食べないという選択肢はなかった。全く引いてくれず、仕方なく温かいたい焼きを受け取る。カスタードよりまだマシそうな餡子を受け取る。食欲をそそるいい匂いは認めるけど…。
「いただきます…」
「はーい、召し上がれ♡」
ニコニコしながら俺が口に入れるのをガン見してくるものだから食べずらさを感じる。まず一口。確かに甘いがそれだけじゃなくて何故だかほっとする味だった。
「……美味しい」
「でしょ~!!?絶対これなら鈴ちゃんも食べられると思ったの!鶴ちゃんのも食べちゃっていいからね♪」
ガラララ…
「あ、なんかうまそうなの食べてる。俺のは?…鈴が餡子食べてる!!!?ほっぺに餡子つけて~…可愛い~~~♡♡」
タイミングよく制服姿で入ってきた連鶴が俺のほうに駆け寄り写真を撮りだす。何枚か撮り終え満足したらわしゃわしゃ俺の頭をなで繰り回して抱きしめる。苦しい。
「鶴ちゃん来るなら言ってよ!あと鈴ちゃんの写真僕にも送って」
「やなこった。俺のたい焼き無かったことにしようとした罰だね」
俺は始まった二人の言い合いを連鶴の腕の中で聞きながらため息をついた。たい焼きを食べたいのに揺さぶられて上手く食べられない。連鶴の無駄にある胸板に鼻が潰されて痛い。
「皆で食べよ…?つづりの事だから6つくらい買ってきてるんでしょ…?」
二人の言い合いと止めてその後は3人で話をしながら出来立てのたい焼きを食べた。病院で唯一の楽しい時間。検査とか手術とか発作とか、苦しくて痛い事がたくさんあったけど兄弟でいるときはすごく楽しかった。この時間だけが俺の救いだった。
すぐに退院することはできず結局2年間入院していた。学校に戻れたのは小学5年生の9月。以前より肌が白くなって身長の低いままの俺をみて初日は皆驚いていた。何を話していいのか俺も周りもわからない状態で最初は軽く挨拶して授業に参加した。連鶴とつづりのおかげで勉強がわからないということはなく…というか中学校2年生くらいまでの勉強を叩き込まれていたようでたまたま行うことになっていたテストで1位を取ってしまった。受けなくてもいいよと先生には言われたが特別扱いというのが嫌でやれるだけやると答えたのだが…。悪目立ちしたのではと心配をしたがちょっとした話題ができたことですぐに友達ができ、早い段階で元の学校生活に戻ることができた。肌の白さも徐々に戻っていった。残念ながら体育やプールは全部見学で、できるのは体力測定の握力や長座体前屈くらいだったが。
そのまま何事もなく中学校に進んで親友と呼べる友人もできた。きっかけはつづりが芸能事務所にスカウトされてモデルになったから。医大に進み一人暮らしを始めた連鶴と俺は長続きするわけないと茶化していたが人気モデルにまでなってしまったようで何回も雑誌の表紙を担当していた。その友人との最初の会話が『汐屋燕の弟だよな!!?』だった。一度興奮するとマシンガントークを始める変な奴。話しがあうし趣味も同じで特に相談したわけでもないのに高校も専門学校も一緒で驚いたっけ。運動を極力避けた俺は発作を起こすことも減り定期的に検診に行くだけで済むくらいに回復した。高校のとき一度検査入院したことがあったけれどそれ以外は何もなかった。そのかわり、つづりの方がよく病院にお世話になっていた。詳しい事を言ってくれないのは兄のプライドなのだろうか。
「つづりまた無理したの?ちゃんと休めって言われてるのに」
「無理はしてないよ~、まだいけるかなと思ったら倒れちゃったってだけ」
「それを無理したって言うんでしょ~…連鶴に怒られても知らないからね…」
「それはやだぁ…ふふ、鈴ちゃんにこうやって怒られるなんて思わなかったなぁ」
なんて毎回病室で同じ話をした。昔は逆だったのにね。
雑貨デザイナーになるのが夢になっていた俺は二年制のデザイン専門学校に進学した。学科は違ったが親友と同じ学校で夢の話をしながら毎日一緒に帰った。いつものように親友と待ち合わせをして駅までのんびり向かっていた。仕事終わりのサラリーマンが居酒屋に入っていき、にぎやかな声と酒や焼き鳥の匂いが周辺に広がる。皆さんもお疲れ様です、と横目で流し見しつつ明日提出の課題をあれこれと考えているとき静かだった隣が口を開いた。
「あ、これ送っといたから」
親友が忘れてたといいながら鞄からごそごそ探しだした紙を見せてくる。その紙にはこう書いてあった。
「”フリーダムプロダクションアイドルオーディション?”…は?はぁっ!!?送ったって…お前何して…勝手に…」
「大丈夫だって!お前汐屋燕の弟だし顔いいしモテるしいい声してんだから☆」
「そういう問題じゃない!!アイドルなんて興味ないし俺が運動できないの知ってんだろ!?もし通ったらどうすんだよ…ないとは思うけど」
「いやいや、俺はわかる。お前はアイドルになる!!それにもう体調ずいぶんいいんだろ?少しぐらい体力つけないとだし丁度いいだろ☆」
訳が分からなかった。勝手に送った経緯もこのどこから出てくるのかよくわからないこいつの自信も発言も。しかし何万人も応募しているであろう大手芸能事務所のオーディションだ。こんな顔どこにでもいるし落選して終わりだろうから大丈夫…なんてそのときは思っていた。のだが数日後、書類審査が受かった連絡と面接のお知らせ電話が来たことで絶望することになる。面接の電話が来た後すぐに親友に連絡すれば、
『ほらな!!俺の言ったとおりだろ!?お前が落ちるわけねーじゃん☆絶対受かれよ~☆』
と浮かれた声で一方的に電話を切られてしまった。絶対ぶん殴ると心の中で何度思ったことか。
受かってしまったものは仕方ないしやれるだけやるか…と気づけば面接当日。特に緊張もせず自分の順番を待っていた。俺くらいの年齢の人もいれば俺よりずっと若い…高校の制服で面接に来ている人もいる。今人気のアイドル”Nova”が所属する事務所というのもあってかなりの応募数だったのだろう。顔立ちが整った世にいうイケメンや美男子ばかりだった。面食い女子がこの場にいたらたまらないだろう。こんな中に俺がいてもいいのだろうか…。どうやら個人面接らしく予定よりかなり時間がかかっていた。面接が終わった人が控室に帰ってくると何人も目に涙を浮かべているのが気になった。そんなにキツイ事を言われたのか?と最初は思っていたのだがそうではないようで『生きててよかった…』と感無量なよう。落ちる落ちない云々の話で涙を流しているわけではないらしい。
ついに俺の番がまわってきて部屋の前に立つ。なりたい訳でもないので緊張もせずただ素直に話せばいいだけ…そう思っていた。この時点では。
「失礼致します」
コンコンコンとノックして中に入るとそこにはこの面接を意欲的に受けに来た全員が夢見ているであろうトップアイドルNovaとNovaの同期でソロの御器谷椿が座っていた。いくら芸能界に興味がない俺でも知っているビッグネーム。流石に声を出すことはなかったがど素人だらけのこんな面接も担当するの!?と驚きを隠す事は出来なかった。3人のオーラに圧倒されてしまうくらい存在感が強かった。よくライブに行く友人がいう『キラキラしてる』が理解できてしまうくらい。
「ふふふwww何回も面接してるけどやっぱり皆驚いてくれるよね、面白いwwww」
「もう晄くん、面白がったらだめだってwww」
「朔も笑ってるよ」
「晄くんのせいだよw椿もニヤけてるじゃんww」
俺の前で喋ってる…とどうしていいのかわからず見ていた。本物がいる…。……テレビで見ても思っていたがNovaの二人距離近くない?肩あれぶつかってるでしょ。
「…ごめんね、晄笑いの沸点低くて。どうぞ座って汐野鈴くん」
二人の扱いに慣れているようで御器谷椿が俺を座るように促す。失礼しますと返事をし目の前の椅子に座る。このメンツに面接してもらえるならファンであれば受かろうが受からなかろうが満足か…あの涙も理解できた。好きなアイドルに自分の名前を呼んでもらえるわけだしそれは嬉しいか…と自分の中で納得がいった。
やっと落ち着いたのか白咲晄が口を開く。
「ふ~…ごめんね笑っちゃって。面接なんて堅苦しい名前だけどお喋りしに来たと思って気軽に話してくれてかまわないよ」
「タメ口でも構わないくらいゆるゆるだと思って」
「…朔、それはいくらなんでも…」
「鵜呑みにされちゃうと困るけどそれくらいの気軽さだと思ってもらえたほうが長くやっていくかもしれない人にはいいんじゃない?」
「この面接は技術面というよりその人の考え方とか性格とか…内面を見るためのものだから君のことを僕たちに教えてね」
軽く説明すると言葉通り、お喋りをするように緩く面接が始まった。
「まず最初に…応募した動機を教えてほしいな。素直に言ってもらってかまわないよ。僕たちに気を使って憧れでしたとか言わなくて全然いい。君の答えを聞かせて」
「…同じ学校に通っている友人に勝手に応募されました。どういうつもりで応募したのかわかりませんが俺がアイドルになれる器とは思えないしよくいる顔だと思っているので書類審査の段階で落ちると思ってました。受かってしまったものは仕方ないし面接はちゃんと受けようと思い下調べや芸能界について少しは勉強してきました。……面白そうな業界だな…とは思っています」
最初はそれっぽい事を言おうかとも考えていたがなりたくて来たわけでもないし本当に素直にぶっちゃけた。これで落ちたと確信していたのだけれど。
「ふふ、だから君あまり緊張してないんだね?他の子たちは驚いて尻餅つく子とか入らずに扉閉めちゃうとかあわあわしてる子が多かったのに君全然平気そうなんだもんw」
「…Novaがいるとは思わないから…普段から誰を前にしても緊張しない?」
「そうですね、緊張はあまりしないです。…あ、でも病院の先生は緊張しますね」
「確かに先生の前に座ると怖いよね、診断の結果聞くときとか」
入院期間が長かったからかいつの間にか怖いという感覚はなくなっていたが、あまり病院に行くことがない人にとっては確かに怖い時間なのかもしれない。病院の先生なんかよりも手術室行のベッドの上の方が何より怖いけれど。
「そっか、友人か…その友人はどんな人?」
「え?…中学からの付き合いで趣味と価値観がよく合うんです。専門学校まで同じで。自分の好きなものに素直で一度エンジンがかかるとマシンガントークが止まりません、クラスのムードメーカーなところがあります」
「へぇ、人の事よく見てるんだね鈴くん。どんな子かなんとなく想像できる、すごく元気な子なんだな~って伝わるよ」
白咲晄は関心したように目の前に机に広げてある用紙に何か記入していく。一方の炬闇朔は少し下を向き寂しいような羨ましがるようなよくわからない微妙な顔をしていたけれど。メディアを通しては見たことがない表情だった。
「…どうして仲良くなれたの?」
「俺の兄が他の事務所でモデルをしていてその兄のファンだったらしいです。一目見てすぐ兄弟とバレたみたいで…勝手に応募した理由も『汐屋燕の弟だから絶対いける』というのが根拠らしいです」
「燕の弟さん?…あぁ確かに少しだけ雰囲気似てるかも。同じ雑誌の撮影で挨拶したくらいだけど可愛い顔してるお兄さんだよね」
「そうですね、一緒にでかけてもお姉さんと声を掛けられるほうが多いです」
「鈴くんはそういう芸能界に近い仕事したことあるの?例えばお兄さんとモデルしたとか」
「高校のときに声優を少し。監督が気に入ってくれたようで主役ではありませんがメインキャラクターの声を担当させていただきました」
高校のとき。これも親友に応募されたやつ。この仕事はすごく楽しくて監督もいい人だった。このまま声優を目指さないか?なんて言われたけれどデザイナー志望だったのもあって申し訳ないがお断りした。
「確かに聞き取りやすいいい声してるもんね。声のお仕事…例えばラジオとか歌とかアイドルになると声たくさん使うんだけどそういうの好き?」
「昔から声には少し自信があります。話をするのも好きですし歌も好きです」
「そっかそっか♪…自分の性格を分析してもらってもいい?さっきの友人みたいに」
「…人を茶化すのが好き、舌が異常、面倒見がよく世話焼き…冷静…とまわりには言われます。」
「…ふふ…舌が異常って何?w」
これまでほぼ無表情だった御器谷椿が笑った。そういえばこの人テレビでも笑うことがあまりない気がする。
「辛いものが好きなんです。小さい頃一番好きなお菓子が激辛スナックの唐辛子MAX味でした」
「えっ、アレ食べられたの…?あれって確か食べられる人少なくて販売中止しちゃったよね…?」
「…俺匂いだけでダメだったよ…確かにそれは…w」
あれそんなに辛かったっけ…全然余裕だったんだけど。兄には言わなかったが退院した後あのスナック菓子にタバスコを大量にかけて2袋ぺろっと平らげた。正直タバスコをかけても辛さが足りた感じはしなかった。
「ふふ、なるほどね?…ここまで僕たちと話してみてどう思った?僕たちに関してでもいいしアイドルという職業についてでもいいよ」
「テレビに出てる人ってもっと上の存在という感じがしてたんですけどこうやって話をしてみると普通の人間なんだなと思いました。…興味のない俺でもアイドル特融のオーラとかキラキラは感じます。心底楽しんで仕事してるのが面接をしていてわかりましたし、何気ない質問にも俺を見る貴重な材料になってるのがわかって面接でしたが面白かったです。最初はめんどくさかったし早く終われとも思っていましたが興味が出てきました、アイドルの見る景色に。」
考えていたわけではないが自然にそう話していた。自分でも驚いた。へぇそう思ってたんだ、と客観的に思ってしまうくらい。俺の答えを聞いた三人の表情が少し変わった気がした。特に御器谷椿。無表情でつまらなそうな目をしていたが今はそんな目ではなく好奇心というか期待というかプラスの感情を持った目。
「…少しでも興味持ってもらえたなら嬉しいよ。…これだけはしたくないって仕事とかあったりする?写真撮影とか演技とかファンサとか色々あるんだけど…」
「人によって得意不得意あるからね…俺は最初のころファンサ苦手だったな…w」
「…そう…ですね…露出過多な仕事はできないです。腹部が多く出るようなものはちょっと…あと体力がないし運動もできないので過激なダンスはできないです」
幼少期に行った手術の痕。それだけは誰にも見られたくなかった。連鶴やつづりにも。もちろん親友になんて見せたことがない。見た目がえぐいとかそういうことではなくて…気持ち的に後ろ向きになるから自分でも見たくない。完治したわけではないし怖くなるから。以前恋人に見られたときはパニックになって相手の顔面にビンタしてしまった。強引なのは嫌だったしそのまま別れたからいいけど。運動についても多少の運動はできるようになったものの発作が起こったらという不安がある。
「…お腹どうかしたの?」
「15㎝くらいの隠せない傷跡があるので」
「…そっか、聞いてごめんね。わかったよ」
「はい、これで面接は終わり。お疲れ様でした♡」
「結果は後日受かった場合僕たち3人のうち誰かから電話させてもらうからドキドキしながら待っててね。落ちちゃった場合は書面で送らせてもらうよ」
ありがとうございました、失礼致します。と一礼して部屋を出ようとしたとき御器谷椿と目が合った。俺を見て微笑み、声は出ていなかったが『またね鈴』と言った。俺の人生変わるかもしれないと思った瞬間だった。お昼過ぎに来たのだが事務所を出たころにはもう夕方になっていてコンビニで適当に飲み物を買って自宅に帰った。どうなるのか不安を感じながら溜まってしまったデザインの課題をひたすらこなした。
丁度その頃、休憩中の同期組は満足気に談笑していた。
晄「椿今の子気に入ったの?」
椿「うん、すごく良かった。一緒にやりたい」
朔「ふふ、この事務所のいいところって技術面より中身を評価してくれるところだよね」
晄「椿主体のユニットなんだし椿が気に入った子じゃないと前と同じことになっちゃうもんね」
椿「…あんな環境は作りたくないししたくないから。アイドルに興味持ってくれたし汐野鈴合格、二人ともよろしくね」
晄「僕もあの子いいと思うよ。いろんな面で椿を支えてくれそうだし勘が鋭いし周りを見れていたし。初めてじゃない?知る材料になる面接が面白いなんて言った子」
朔「うん、面白い考えしてるなって思った。ほかの子は緊張したとか俺たちと話せて良かったとかが多かったからね。ありがたいことだけど俺たちが探しているのはファンじゃなくて対等にやっていける人だから…。どこにでもいる顔なんていってたけど彼、すごく綺麗な顔してたしルックス面でも問題ないし俺もいいと思う」
椿「ダンスよりも声特化だと思うから指導は朔になるかな。そのときはお願いね」
朔「わかったよ。…これで3人決まったね。あと2人」
晄「面接…あと残り5人か…ふふ、どんなユニットになるか楽しみだね」
椿「うん、ちょっと楽しくなってきた」
数日後。たまたま学校が休みでのんびり課題を終わらせていた。ネックレスと耳飾り…イヤリング、ピアスまたはイヤーカフの作品制作が課題。材料を買いすぎてしまったようで提出用とは別にもう一組出来上がった。ネックレスとイヤーカフ。黄色、白、オレンジの三色でひし形の飾りがついている。うまく形になり満足した俺は余分に作った方を身に着けた。自分で作ったものは市販のものよりも愛着がわき心が満ち足りる。
アクセサリーを付け終わった丁度その時、スマホが振動し音楽が流れだす。電話…やはりきたかと電話に出ると予想通りあの人物からだった。
「…もしもし、汐野鈴君…?」
「はい、鈴です。御器谷さん…ですよね?ということは…」
「ふふ、うん。御器谷椿。…そう、合格おめでとう。」
やはりあのときの『またね』はそういう意味だったようだ。結局友人の言った通りになってしまった。面接をした時から興味が出たのは本当でなってみるのもいいな、と思いはじめていたが友人の言う通りというのは癪だ。また調子に乗られるだろう。
「…ありがとうございます」
「嬉しくない?」
「いえ、そんなことは。…なんとなく合格してそうだなと思っていたので」
「”なんとなく”ね。…結構あからさまにアピールしたんだけどな、俺」
「”またね”はとどめでしょう?心の準備しとけよ、的な」
「…そんなとこ。3日後に顔合わせと詳しい説明するから事務所に来て、1時に」
「わかりました。…あ」
「?何かあった…?」
「顔合わせの前に相談したいことがあるので一度事務所行こうと思うんですけどいつなら大丈夫ですか」
「…晄と朔に言っておく。明日の午後でいい?」
「大丈夫です」
「うん、じゃあそれで。俺仕事で顔合わせの日まで予定空けられないから。…じゃあまた」
失礼します、そういって電話を切った。応募総数がどれくらいだったのかはわからないがその中から選ばれてしまった。あまりにも淡々と物事が進み過ぎて実感が湧かなかった。電話相手は芸能人の御器谷椿、明日会うのはトップアイドルNova…3日後から自身がアイドル…勝手に応募されて仕方なく受けたものだったが不思議とマイナスの感情は生まれることなく…寧ろこれから面白いことが起こりそうな、そんな気がしている自分がいる。
「さぁて…これからどうなるかな…♡」
「ところで汐野くん話って何?…重い話…?」
言われた時間に事務所に来たのだが炬闇さんは丁度今日最後の仕事に出ているらしく白咲さんが話を聞いてくれるようだ。たまたま空いていた小さい会議室に向い合って座る。
「そういうのではないです、芸名を使いたいっていう話を…」
「あ、そういうこと?改まって何か言われるのかと思って吃驚しちゃった」
「ははは…」
「もう決めてあるの?名前」
「決まってます、同じユニットになる人たちにも芸名で名乗るつもりです」
「うん、わかった。朔と椿に僕から伝えておくから教えてもらっていい?漢字も知りたいし…はい、紙」
俺はもらった紙に”汐屋雀”と書いて白咲さんに見せた。病室でつづりと二人で考えた名前。両親と連鶴は名前に鳥が入っていてつづりと俺はそれが凄く羨ましかった。子供だったから何故羨ましく思えたのかとか詳しい事は考えなかったけれど。俺たちも鳥の名前がよかったよね、なんて話をして。その流れでつづりと二人でもう一人の自分をつくろうと使うかもわからない二つ目の名前を考えた。その少し後つづりがモデルにスカウトされ芸名を”汐屋燕”にした。眼鏡をかけているしそこまで顔が似ているというわけではないが兄弟なのは遅かれ早かれわかることだし苗字は揃えないととも思っていたがそれよりも、俺も鳥になりたかった。おいてけぼりなのは悔しい。
「…”汐屋雀”…そっか、お兄さんいるもんね」
「そうですね…そこは合わせないとと思いまして」
「本名は?僕みたいに公開する?しないでおく?」
「しない方でお願いします」
「わかったよ。じゃあ僕らも雀って呼ぶね、改めてよろしく雀」
「こちらこそよろしくお願いします白咲さん」
「…名前で呼んでいいよ?」
「えっ」
「仲良くなりたいのに皆壁があるというか…朔と椿も名前で呼んでくれるまで結構かかったんだよ?…僕名前で呼びづらい雰囲気出てる・・・?」
「…年上だからじゃないですか?」
「んー…それだけかな…?全然名前で呼んでくれていいのにな…」
「それなら…晄さんって呼ばせてもらいますね」
「そうしてくれると嬉しいな、ありがとう」
大先輩の晄さんが嬉しそうに笑いかける。明るくてキラキラしたカリスマオーラを感じる。この部屋に入るまでテレビに頻繁に出るような有名人と何人もすれ違ったがその中でもダントツで晄さんのオーラが強いと思う。なんというかただものじゃない感じ…実際トップアイドルNovaだし、ただものではないのだけれど。
晄さんと別れ、その足でつづりの入院している病院へ向かう。メールで連絡してもよかったが直接報告したかった。事務所近くの駅から電車で数駅の所に俺たちの通う病院は建っている。俺とつづりがよく通っている事と連鶴が勤めている事があり医者や看護師に顔が知られている。今日もお兄さんのお見舞い?なんて声を掛けられることもよくある。
「…あれ?鈴ちゃん?今日来るって言ってたっけ…?」
「ううん、言ってない。今日体調いいの?」
「少しだけね~♡でも流石に外出許可はくれなかったぁ」
「当たり前でしょ。そんなの出したらまた仕事するじゃん」
「バレちゃった」
いつもの会話をしてつづりの横にある椅子に座る。
「鈴ちゃんが言わずに来るなんて珍しい。何かあったの?……ううん、違うね。何か”する”んだ?」
「うっわ怖ぁ…つづり昔からそういうとこやたら鋭いよね。きもちわる~」
「ひっどいなぁ鈴ちゃん、これでもお兄ちゃんなんだからね僕。…それで?何するつもりなの?楽しい事?」
「アイドルになるよ」
「へぇ、アイドルかぁ。鈴ちゃん思い切っt…………え?アイドル?急にどうしたの??」
つづりが一瞬フリーズしたのが凄く面白かった。笑っていると早く話せと急かされ続きを話した。
「…なるほどね。そっか…鈴ちゃんも鳥になるんだね」
「そ。俺もやっと鳥になれるんだよ、いつの間にかつづりに置いてかれちゃってたけどね」
「え~、そんな風に思ってたの~?」
「全然?思ってないよ?」
「嘘だぁ…。でも僕は今羽休めしてるしきっと鈴ちゃんあっという間に高いところまで行ってるんだろうな」
「それはどうだろうね。6人グループみたいだし」
「6人?…鈴ちゃん、事務所フリプロだったよね?」
「そうだけど?」
「…ふふ、そっかそっか…♡」
急につづりが何かを思い出したのか顔をふにゃっとして幸せそうな顔で笑うので疑問に思っているとごめんねと言ってから続きを話始めた。
「ふふ、もしかしたら鈴ちゃんのユニット僕の後輩が一緒かもしれないなぁって。この間連絡来てたんだ。オーディション受かったって」
「つづりの後輩ってことはモデルの?」
「うん。たまに仕事一緒になるんだけどね、高校生なのに僕より身長すっごく高くてクールなの!すっっごく可愛いからすぐわかるよ♡」
「かっこいいのか可愛いのかよくわからないんだけど…?」
「ふふ~♡詳しく聞いた訳じゃないからたまたま同時期のオーディションだったのかもしれないし間違いだったらごめんね?」
「そこで確認とらないあたりがつづりだよね」
「ドキドキ感あったほうがいいでしょ~?だから名前も伝えないからね~♡」
と話したところで診察の時間だったのか担当医と付き添いの連鶴が病室に入ってきた。3兄弟揃ったこともありやたらうるさく賑やかだった。診察中は俺と連鶴は廊下に出て先ほどつづりに話した事をそのまま伝えた。連鶴は顔を歪めて否定的な言葉を言った。
「体治ってないことはお前が一番よく知ってる事だよな?正直つづりとお前が心配だ。体弱いのに生活リズムが崩れるような仕事ばかり選んで…俺みたいに医者になれとは言わないし、好きな事をやってほしいとは思ってるけど……つづりみたく倒れたら即刻辞めさせるからな」
「連鶴が誰よりも俺たちのこと思ってくれてるのはちゃんとわかってるよ。薬もちゃんと飲むし体調管理は気を付ける。約束するよ」
「それならいい。がんばれ鈴。……あぁ、でも可愛い弟たちを独り占めできなくなるのは辛いッッ!!!」
「えぇ…つづりも俺も連鶴のじゃないんだけどー。それに連鶴には嫁さんと子供ちゃんいるじゃんか~」
「ふふん、小鳥も大きくなったんだぞ♡また遊びにくるといい!めっちゃくちゃ可愛いから嫁との2ショットみるか?尊さで死ぬ」
「連鶴の相手がめんどくさいけどこっこちゃんと遊ぶの楽しいからそのうち行くよ」
連鶴は大学で知り合った方と結婚し子供も授かった。小鳥ちゃんというが俺やつづりは”こっこちゃん”と呼んで可愛がっている。兄の溺愛ぶりは弟から妻と娘に向けられこっち側にはこないとおもっていたのだがやじるしはまだ向けられているようだ。
暫くすると診察が終わり二人に一言”俺なりに頑張ってみるから見守ってて”と伝えて帰った。
その頃にはもう、これからが楽しみで楽しみで仕方がなくなっていた。 ―――
―—―目が覚めると見慣れた白い天井。ピッピッピッと一定間隔で鳴るの電子音。俺と似てる顔とユニットのリーダーが顔をのぞかせる。…あれ、呼吸がしづらい。息がうまく肺に入ってこない。…あぁ、そうか。俺、練習中に倒れたんだ。意識を飛ばしている間、夢を見ていた気がする。倒れたのが随分久しぶりで自分に何があったのか思い出すのに時間がかかる。できないフリ付けがあって何度も何度も同じ曲をかけて何時間もダンスの練習をしていた。なんてことないはずの運動量。いつも同じくらい練習をするし問題ないはずだった。自分でも訳が分からなかった。類瀬が来てくれたのは覚えているけれどその後の記憶は曖昧で。目だけ動かして周りを見ているとすぐ二人は俺が起きたのに気付いた。
「起きたか、良かった」
最初に口を開いたのは連鶴だった。安心したような落ち着いた声だが顔は少し怒っているようにみえた。
「ある程度こいつに聞いたからお前は何も言わなくていい。暫く大人しくしてろ馬鹿弟。つづりだけでいっぱいいっぱいなのにお前まで倒れやがって」
連鶴は小言を言いながら担当医に連絡入れるからと病室を出た。椿に目を向けるとほっとした顔をして微笑みかけてくる。
「…起きて良かった、起きなかったらどうしようかと思った……大丈夫?」
「…だい、じょうぶ…まだ、ちょっとくるしいけどね……どれぐらいねてた…?」
「3、4時間かな。遅い時間だったし他の皆は連絡して帰したよ。…皆心配していたから明日にでも連絡してあげてね、俺も一言入れておくけど俺からより雀からの方が安心すると思うから」
「…椿が病院…連絡してくれたの…?」
「…藍が遅いから見に行ったら…大変な事になってたからね。雀の鞄漁ったからごちゃごちゃにしちゃった、病院の連絡先を手帳に挟んでてくれてよかったよ」
話をしたら段々と呼吸も元に戻ってきたようでそこでやっと椿の表情がいつもの無表情と違うことに気が付いた。
「…言わなかった事…おこってる?」
「少しね。…知ってたらもう少し何か出来たかもしれなかったでしょ?」
「…ごめん」
「いいよ、連鶴さんから全部聞いた。雀が言いたくないことを俺から言うつもりはないから皆には黙っておく。…でも、ちゃんと言ってほしかったよ」
「…ありがと…ごめん」
いつもなら笑顔で”いつもなら平気なのにね~!”と返せたが今はとてもじゃないができなかった。最初から言う気なんてなかったし最後まで隠し通す予定だった。体調もよかったし搬送されるなんて思わなかった。兄弟では末っ子だけどBudではお兄さんの方だから弱い所なんて見せたくなかった。…違う、そんなの本当の理由じゃない。本当は怖かったから。ただ怖かった。椿は深く聞かないでくれるからそれに甘えてしまったけれど本当はそれではいけないこともわかっている。…それでも。
「鈴」
声を掛けられてハッとする。声を掛けたのは椿ではなくいつの間にか戻ってきた連鶴。兄の顔ではなく医者の顔で俺に話しかける。
「先生には連絡入れておいた。今日はこのまま入院。診察と検査が明日からあるからそのつもりで。いつ退院できるかはまだ未定。で、御器谷椿。事務所のお偉いさんにこの診断書だして無理やり休み取ってくれ。ホワイトだろ?フリプロ」
と連鶴はずけずけとした物言いで一枚の紙を椿に渡し椅子に座る。紙を受け取った椿はわかりましたと行ってからまた明日来ると言って帰っていった。椿を見送った後連鶴は、はぁーと深いため息を吐いてから俺の顔を覗き込んだ。
「お前、今回危なかったの自分でわかってるんだろ?」
「…久しぶりにやばいと思ったよ、でも平気だったでしょ?」
椿が帰り後ろめたい気持ちが薄れたからかいつもの自分がするように笑顔で話した。自然な笑顔で、冗談を言うみたいに。何もなかったと自分に言い聞かせるように。連鶴は俺をじっと見てから小さい子にするみたいに頭を優しく何度もなでる。
「無理に笑わなくていいぞ鈴。…よく頑張ったな、怖かったな」
「…あーあ。もうばれちゃった」
兄さんには敵わない。怖かった。死ぬかもしれない怖さを思い出すのが。皆にバレるのが。これ以上見透かされるのが嫌で連鶴から顔を逸らす。
「…『アイドルやめろ』って言う…?」
アイドルになるとき連鶴とした約束。”倒れたら即刻やめさせる”…再入院になってしまったし俺たちの事を第一に考えてくれるこの兄ならやりかねない。つづりの時もかなりもめていたのを思い出す。不安に思っていると連鶴が口を開く。
「…言ったとしてお前やめるのか?」
「やめない」
「だろ。お前今の仕事してるの楽しいんだろ?Budの奴らが好きで好きで仕方なくてあいつらのところに居たいんだろ?」
そうだよ。全て当たってる。目の前で俺を見ていたわけではないのに気持ち悪いくらい的確だった。きっとテレビも雑誌も見てくれていたんだろう。Budが好きだといった番組もBudが家だと言った記事も全部目を通しているのだろう。兄弟が大好きな連鶴ならそれをやってもおかしくない。
「戻りたいなら今は少し休め。…あとすぐじゃなくてもいいからちゃんと言えよ?あいつらに」
本当は言いたくない。墓場まで持っていきたい。この弱さを見せたくない。
「……うん」
「よしよし♡」
連鶴は小さい頃のようにわしゃわしゃ頭をなで繰り回す。乱暴なのに少し落ち着くのだから不思議だ。最初に入院したときもこうしてくれた。気付かないうちにお互いに癖がついているのかもしれない。
「こういう時兄貴なんだなって思うよ」
「はぁ?お前より8つ上なんだからな??」
いつもの調子で話し続けてくれる兄の言葉に安心したのか気付いたらそのまま眠りに落ちていた。
幸い、あの頃と違って身体が大人になったのもあってか短期間で退院することになった。水も飲まずに運動をし続けた事で突発的に発作が起こってしまったのだろうという話だ。耳が痛くなるほど長い薬の説明と注意を聞いて退院しその足ですぐ事務所に向かった。短期間といっても仕事にかなり穴をあけてしまったしその穴を埋めてくれたのは他でもないBudの皆。椿は入院中何度も顔を見に来てくれたが他の皆とは会っていなかったから早く会いたかった。事務所のレッスン室に顔を出すと休憩中だった皆が駆け寄ってくる。持病のことは椿がうまく言ってくれたようで深くは聞かれなかった。類瀬だけは全く納得していない顔をしていたけれど。久しぶりのメンバーと顔を合わせこの中にいれることが幸せだと改めて感じる。そして体調を完全に戻した俺は仕事に復帰しBudの汐屋雀としてアイドルという仕事に戻った。5人が俺がいつ戻っても大丈夫なようにしておいてくれていたからすっと戻ることができた。何十回ありがとうと言っても全然足りない。最後の仕事で一緒だった桃にありがとうと伝えると
桃「もう、何回目っすか♪仲間なんだからあたりまえじゃないっすか!雀くんが元気になってくれたことが何より嬉しいっすよ♪」
とへへっと笑いながら抱きついてきた。もう一度桃にありがとうと伝え抱きしめ返す。
ふふ、本当に幸せだな。俺Budでよかった。
入院中何度も考えた。ずっと隠し通してきたこと。俺の弱くて怖がりな部分、恥ずかしい部分をちゃんと伝えよう。そういう結論を出した。でも今すぐには話せそうになくて、かなりの心の準備が必要で。何時間後、何日後、何年後なのかはわからない。けど必ず伝えて弱い俺も見てもらう。少しずつでも。
雀だけでなく鈴とも向かい合って俺の大好きな皆に”鈴”と”雀”の両方を知ってもらうために。
もう怖がらなくて大丈夫だよ鈴、Budは俺の家なんだから。
鈴と雀 END
〈あとがき〉
ラストに悩んで時間がかかってしまいましたが無事雀編完結です。雀の過去話と入院中の会話など語っていなかった部分+雀の弱い部分を中心的に書かせていただきましたよ!Budではお兄ちゃんでも実際は末っ子なのでそういう甘えたな部分もあるんだろうな…と端々にちらつかせながら頑張りました。雀はあまりBud愛をおおっびろにアピールしないタイプですが”家”と呼べるほど安心感のある居場所だと思っています。けして長いとは言えない自分の命が終わるその日までBudのメンバーといられますように。それが汐屋雀としての願いです。
雀と鈴との違いに悩んだ部分も書きたかったけど無理やり入れる必要もないな。ということで今回は入れてない。今後どこかで入れられたらと思っています。
2019/04/20 56
静かに病室のドアが開く音がする。
「鈴ちゃん、来たよ~!…あれ?鶴ちゃん、鈴ちゃん寝てるよ?」
「さっきまで検査だったから疲れたんだろ、起こしてやるな」
「残念…たくさんお話しようと思ったのに…。…ねぇ鶴ちゃん、鈴ちゃんいつ退院できるのかな…?」
「…わかんね。良くなってきてるみたいだけどよく呼吸乱れるしまだ暫くは…」
「…そっか…ぼく早く鈴ちゃんと遊びたいな!外で走り回るの!鈴ちゃん可愛いから捕まえたら離してあげなーい♡」
「俺も参加していいなら2人とも捕まえて俺の抱き枕な♡」
「えぇ~!鶴ちゃん寝相悪いからやだ~!!」
「しっ、声がでかい。鈴が起きる……6ヶ月もこんな所にいるの嫌だよな…」
「…鈴ちゃん、早く良くなって…」
眠っていたけど、何故か声は聞こえていて…2人の兄の声が悲しそうで辛そうで。俺の耳に入ってると知らない兄たちは俺の頭を撫で続けてくれた。再び深い眠りに落ちるまでずっと…。
小学校低学年までは周りの子と一緒だったと思う。三年生のマラソン練習の時、いきなり呼吸ができなくなって苦しくて血も吐いて初めて救急車に乗った。いつの間にか意識を飛ばしていたようで目が覚めたら兄二人が騒がしくて驚いたっけ。5つ上のつづりは中学にあがってから中世的な見た目になった。たまにお姉さんって呼ばれている。…あの男らしさがこれっぽっちもない話し方も原因だろう。8つ上の連鶴は勉強で忙しくても俺やつづりと遊んでくれる。次期生徒会長に推薦された…みたいな事言っていた気がする。勉強できるし運動も得意、気遣いができて身長も高くて…俺の憧れ。絶ッッッ対本人には言わないけれど。
二人は毎日学校帰りに病室に寄って学校の話をしたり勉強を教えてくれた。すぐ元に戻れるように。土曜と日曜は二人のどちらかが一日中俺と一緒にいてくれる。今思えばかなり溺愛されていた。それが普通だと思っていたから素直に甘えたし我儘も言った。個室で話し相手が看護師さんか診察の医者だけで暇だったのもあったが。平日の昼間は看護師さんに本棚のところまで連れて行ってもらいずっと本を読んだ。読めない漢字はなんとなくそれっぽいようにあてはめて。二人に習得したての本の知識教えると褒めてくれるしそれが嬉しかった。
「鈴ちゃん、来たよ~♡体調どう?」
休日は大体がつづりが来て日曜の夕方から連鶴が顔を出す事が多かった。その日もつづりだけだった。両親も来てくれるが仕事を抜け出して来るらしく長くはいれなかった。詳しくは知らないが重役だと言っていたし仕方がない。看護師さんにはなかなか会えないと寂しいよねと声をかけられることもあったがつづりと連鶴がいたおかげで寂しいと思うことはなかった。
「普通。いつもと一緒だよ。…その袋何?」
いつも持ってくるのはコンビニやスーパーのビニール袋で大体中身はプリンとかゼリーとかつづりがその時食べたいもの。今日は珍しい茶色い紙袋で店のロゴも見慣れないものだった。
「気づいちゃった?ふふ~…ジャジャーン☆たい焼きだよ!!最近学校の近くにたい焼き屋さんができてね?美味しかったから鈴ちゃんに買ってきたの」
「…甘いの苦手なの知ってるのにそういうことするんだ…つづりひど…カラ〇ーチョとか激辛スナックとかのほうが嬉しいのに…」
「あれが好きとか鈴ちゃんの味覚どうかしてると思う…僕あれ二度と買わないからね…」
先週来た時はリクエストした激辛スナックの唐辛子Max味を買ってきてもらった。俺が袋を抱えて食べていたら余程美味しそうだったのか二人とも食べたいと言ってきた。独占したい気持ちを抑えて少しだけなら、と二人に一枚ずつ分けたのだが、食べた瞬間物凄い速さで二人とも病室を飛び出して行った。戻ってきた時に聞いたが水を買ってがぶ飲みしたらしい。その後『こんな刺激物を食べちゃダメ!』とスナックを取り上げられてしまった。俺はもっと食べたかったのに。二人が辛いのダメなだけでしょ?
「あれくらいが丁度いいのに…たい焼き甘そうだもん。」
「甘いもの食べると元気になるよ?騙されたと思って食べてごらん?餡子とカスタードどっちがいい?」
「……餡子」
意地でも食べさせるつもりなのか食べないという選択肢はなかった。全く引いてくれず、仕方なく温かいたい焼きを受け取る。カスタードよりまだマシそうな餡子を受け取る。食欲をそそるいい匂いは認めるけど…。
「いただきます…」
「はーい、召し上がれ♡」
ニコニコしながら俺が口に入れるのをガン見してくるものだから食べずらさを感じる。まず一口。確かに甘いがそれだけじゃなくて何故だかほっとする味だった。
「……美味しい」
「でしょ~!!?絶対これなら鈴ちゃんも食べられると思ったの!鶴ちゃんのも食べちゃっていいからね♪」
ガラララ…
「あ、なんかうまそうなの食べてる。俺のは?…鈴が餡子食べてる!!!?ほっぺに餡子つけて~…可愛い~~~♡♡」
タイミングよく制服姿で入ってきた連鶴が俺のほうに駆け寄り写真を撮りだす。何枚か撮り終え満足したらわしゃわしゃ俺の頭をなで繰り回して抱きしめる。苦しい。
「鶴ちゃん来るなら言ってよ!あと鈴ちゃんの写真僕にも送って」
「やなこった。俺のたい焼き無かったことにしようとした罰だね」
俺は始まった二人の言い合いを連鶴の腕の中で聞きながらため息をついた。たい焼きを食べたいのに揺さぶられて上手く食べられない。連鶴の無駄にある胸板に鼻が潰されて痛い。
「皆で食べよ…?つづりの事だから6つくらい買ってきてるんでしょ…?」
二人の言い合いと止めてその後は3人で話をしながら出来立てのたい焼きを食べた。病院で唯一の楽しい時間。検査とか手術とか発作とか、苦しくて痛い事がたくさんあったけど兄弟でいるときはすごく楽しかった。この時間だけが俺の救いだった。
すぐに退院することはできず結局2年間入院していた。学校に戻れたのは小学5年生の9月。以前より肌が白くなって身長の低いままの俺をみて初日は皆驚いていた。何を話していいのか俺も周りもわからない状態で最初は軽く挨拶して授業に参加した。連鶴とつづりのおかげで勉強がわからないということはなく…というか中学校2年生くらいまでの勉強を叩き込まれていたようでたまたま行うことになっていたテストで1位を取ってしまった。受けなくてもいいよと先生には言われたが特別扱いというのが嫌でやれるだけやると答えたのだが…。悪目立ちしたのではと心配をしたがちょっとした話題ができたことですぐに友達ができ、早い段階で元の学校生活に戻ることができた。肌の白さも徐々に戻っていった。残念ながら体育やプールは全部見学で、できるのは体力測定の握力や長座体前屈くらいだったが。
そのまま何事もなく中学校に進んで親友と呼べる友人もできた。きっかけはつづりが芸能事務所にスカウトされてモデルになったから。医大に進み一人暮らしを始めた連鶴と俺は長続きするわけないと茶化していたが人気モデルにまでなってしまったようで何回も雑誌の表紙を担当していた。その友人との最初の会話が『汐屋燕の弟だよな!!?』だった。一度興奮するとマシンガントークを始める変な奴。話しがあうし趣味も同じで特に相談したわけでもないのに高校も専門学校も一緒で驚いたっけ。運動を極力避けた俺は発作を起こすことも減り定期的に検診に行くだけで済むくらいに回復した。高校のとき一度検査入院したことがあったけれどそれ以外は何もなかった。そのかわり、つづりの方がよく病院にお世話になっていた。詳しい事を言ってくれないのは兄のプライドなのだろうか。
「つづりまた無理したの?ちゃんと休めって言われてるのに」
「無理はしてないよ~、まだいけるかなと思ったら倒れちゃったってだけ」
「それを無理したって言うんでしょ~…連鶴に怒られても知らないからね…」
「それはやだぁ…ふふ、鈴ちゃんにこうやって怒られるなんて思わなかったなぁ」
なんて毎回病室で同じ話をした。昔は逆だったのにね。
雑貨デザイナーになるのが夢になっていた俺は二年制のデザイン専門学校に進学した。学科は違ったが親友と同じ学校で夢の話をしながら毎日一緒に帰った。いつものように親友と待ち合わせをして駅までのんびり向かっていた。仕事終わりのサラリーマンが居酒屋に入っていき、にぎやかな声と酒や焼き鳥の匂いが周辺に広がる。皆さんもお疲れ様です、と横目で流し見しつつ明日提出の課題をあれこれと考えているとき静かだった隣が口を開いた。
「あ、これ送っといたから」
親友が忘れてたといいながら鞄からごそごそ探しだした紙を見せてくる。その紙にはこう書いてあった。
「”フリーダムプロダクションアイドルオーディション?”…は?はぁっ!!?送ったって…お前何して…勝手に…」
「大丈夫だって!お前汐屋燕の弟だし顔いいしモテるしいい声してんだから☆」
「そういう問題じゃない!!アイドルなんて興味ないし俺が運動できないの知ってんだろ!?もし通ったらどうすんだよ…ないとは思うけど」
「いやいや、俺はわかる。お前はアイドルになる!!それにもう体調ずいぶんいいんだろ?少しぐらい体力つけないとだし丁度いいだろ☆」
訳が分からなかった。勝手に送った経緯もこのどこから出てくるのかよくわからないこいつの自信も発言も。しかし何万人も応募しているであろう大手芸能事務所のオーディションだ。こんな顔どこにでもいるし落選して終わりだろうから大丈夫…なんてそのときは思っていた。のだが数日後、書類審査が受かった連絡と面接のお知らせ電話が来たことで絶望することになる。面接の電話が来た後すぐに親友に連絡すれば、
『ほらな!!俺の言ったとおりだろ!?お前が落ちるわけねーじゃん☆絶対受かれよ~☆』
と浮かれた声で一方的に電話を切られてしまった。絶対ぶん殴ると心の中で何度思ったことか。
受かってしまったものは仕方ないしやれるだけやるか…と気づけば面接当日。特に緊張もせず自分の順番を待っていた。俺くらいの年齢の人もいれば俺よりずっと若い…高校の制服で面接に来ている人もいる。今人気のアイドル”Nova”が所属する事務所というのもあってかなりの応募数だったのだろう。顔立ちが整った世にいうイケメンや美男子ばかりだった。面食い女子がこの場にいたらたまらないだろう。こんな中に俺がいてもいいのだろうか…。どうやら個人面接らしく予定よりかなり時間がかかっていた。面接が終わった人が控室に帰ってくると何人も目に涙を浮かべているのが気になった。そんなにキツイ事を言われたのか?と最初は思っていたのだがそうではないようで『生きててよかった…』と感無量なよう。落ちる落ちない云々の話で涙を流しているわけではないらしい。
ついに俺の番がまわってきて部屋の前に立つ。なりたい訳でもないので緊張もせずただ素直に話せばいいだけ…そう思っていた。この時点では。
「失礼致します」
コンコンコンとノックして中に入るとそこにはこの面接を意欲的に受けに来た全員が夢見ているであろうトップアイドルNovaとNovaの同期でソロの御器谷椿が座っていた。いくら芸能界に興味がない俺でも知っているビッグネーム。流石に声を出すことはなかったがど素人だらけのこんな面接も担当するの!?と驚きを隠す事は出来なかった。3人のオーラに圧倒されてしまうくらい存在感が強かった。よくライブに行く友人がいう『キラキラしてる』が理解できてしまうくらい。
「ふふふwww何回も面接してるけどやっぱり皆驚いてくれるよね、面白いwwww」
「もう晄くん、面白がったらだめだってwww」
「朔も笑ってるよ」
「晄くんのせいだよw椿もニヤけてるじゃんww」
俺の前で喋ってる…とどうしていいのかわからず見ていた。本物がいる…。……テレビで見ても思っていたがNovaの二人距離近くない?肩あれぶつかってるでしょ。
「…ごめんね、晄笑いの沸点低くて。どうぞ座って汐野鈴くん」
二人の扱いに慣れているようで御器谷椿が俺を座るように促す。失礼しますと返事をし目の前の椅子に座る。このメンツに面接してもらえるならファンであれば受かろうが受からなかろうが満足か…あの涙も理解できた。好きなアイドルに自分の名前を呼んでもらえるわけだしそれは嬉しいか…と自分の中で納得がいった。
やっと落ち着いたのか白咲晄が口を開く。
「ふ~…ごめんね笑っちゃって。面接なんて堅苦しい名前だけどお喋りしに来たと思って気軽に話してくれてかまわないよ」
「タメ口でも構わないくらいゆるゆるだと思って」
「…朔、それはいくらなんでも…」
「鵜呑みにされちゃうと困るけどそれくらいの気軽さだと思ってもらえたほうが長くやっていくかもしれない人にはいいんじゃない?」
「この面接は技術面というよりその人の考え方とか性格とか…内面を見るためのものだから君のことを僕たちに教えてね」
軽く説明すると言葉通り、お喋りをするように緩く面接が始まった。
「まず最初に…応募した動機を教えてほしいな。素直に言ってもらってかまわないよ。僕たちに気を使って憧れでしたとか言わなくて全然いい。君の答えを聞かせて」
「…同じ学校に通っている友人に勝手に応募されました。どういうつもりで応募したのかわかりませんが俺がアイドルになれる器とは思えないしよくいる顔だと思っているので書類審査の段階で落ちると思ってました。受かってしまったものは仕方ないし面接はちゃんと受けようと思い下調べや芸能界について少しは勉強してきました。……面白そうな業界だな…とは思っています」
最初はそれっぽい事を言おうかとも考えていたがなりたくて来たわけでもないし本当に素直にぶっちゃけた。これで落ちたと確信していたのだけれど。
「ふふ、だから君あまり緊張してないんだね?他の子たちは驚いて尻餅つく子とか入らずに扉閉めちゃうとかあわあわしてる子が多かったのに君全然平気そうなんだもんw」
「…Novaがいるとは思わないから…普段から誰を前にしても緊張しない?」
「そうですね、緊張はあまりしないです。…あ、でも病院の先生は緊張しますね」
「確かに先生の前に座ると怖いよね、診断の結果聞くときとか」
入院期間が長かったからかいつの間にか怖いという感覚はなくなっていたが、あまり病院に行くことがない人にとっては確かに怖い時間なのかもしれない。病院の先生なんかよりも手術室行のベッドの上の方が何より怖いけれど。
「そっか、友人か…その友人はどんな人?」
「え?…中学からの付き合いで趣味と価値観がよく合うんです。専門学校まで同じで。自分の好きなものに素直で一度エンジンがかかるとマシンガントークが止まりません、クラスのムードメーカーなところがあります」
「へぇ、人の事よく見てるんだね鈴くん。どんな子かなんとなく想像できる、すごく元気な子なんだな~って伝わるよ」
白咲晄は関心したように目の前に机に広げてある用紙に何か記入していく。一方の炬闇朔は少し下を向き寂しいような羨ましがるようなよくわからない微妙な顔をしていたけれど。メディアを通しては見たことがない表情だった。
「…どうして仲良くなれたの?」
「俺の兄が他の事務所でモデルをしていてその兄のファンだったらしいです。一目見てすぐ兄弟とバレたみたいで…勝手に応募した理由も『汐屋燕の弟だから絶対いける』というのが根拠らしいです」
「燕の弟さん?…あぁ確かに少しだけ雰囲気似てるかも。同じ雑誌の撮影で挨拶したくらいだけど可愛い顔してるお兄さんだよね」
「そうですね、一緒にでかけてもお姉さんと声を掛けられるほうが多いです」
「鈴くんはそういう芸能界に近い仕事したことあるの?例えばお兄さんとモデルしたとか」
「高校のときに声優を少し。監督が気に入ってくれたようで主役ではありませんがメインキャラクターの声を担当させていただきました」
高校のとき。これも親友に応募されたやつ。この仕事はすごく楽しくて監督もいい人だった。このまま声優を目指さないか?なんて言われたけれどデザイナー志望だったのもあって申し訳ないがお断りした。
「確かに聞き取りやすいいい声してるもんね。声のお仕事…例えばラジオとか歌とかアイドルになると声たくさん使うんだけどそういうの好き?」
「昔から声には少し自信があります。話をするのも好きですし歌も好きです」
「そっかそっか♪…自分の性格を分析してもらってもいい?さっきの友人みたいに」
「…人を茶化すのが好き、舌が異常、面倒見がよく世話焼き…冷静…とまわりには言われます。」
「…ふふ…舌が異常って何?w」
これまでほぼ無表情だった御器谷椿が笑った。そういえばこの人テレビでも笑うことがあまりない気がする。
「辛いものが好きなんです。小さい頃一番好きなお菓子が激辛スナックの唐辛子MAX味でした」
「えっ、アレ食べられたの…?あれって確か食べられる人少なくて販売中止しちゃったよね…?」
「…俺匂いだけでダメだったよ…確かにそれは…w」
あれそんなに辛かったっけ…全然余裕だったんだけど。兄には言わなかったが退院した後あのスナック菓子にタバスコを大量にかけて2袋ぺろっと平らげた。正直タバスコをかけても辛さが足りた感じはしなかった。
「ふふ、なるほどね?…ここまで僕たちと話してみてどう思った?僕たちに関してでもいいしアイドルという職業についてでもいいよ」
「テレビに出てる人ってもっと上の存在という感じがしてたんですけどこうやって話をしてみると普通の人間なんだなと思いました。…興味のない俺でもアイドル特融のオーラとかキラキラは感じます。心底楽しんで仕事してるのが面接をしていてわかりましたし、何気ない質問にも俺を見る貴重な材料になってるのがわかって面接でしたが面白かったです。最初はめんどくさかったし早く終われとも思っていましたが興味が出てきました、アイドルの見る景色に。」
考えていたわけではないが自然にそう話していた。自分でも驚いた。へぇそう思ってたんだ、と客観的に思ってしまうくらい。俺の答えを聞いた三人の表情が少し変わった気がした。特に御器谷椿。無表情でつまらなそうな目をしていたが今はそんな目ではなく好奇心というか期待というかプラスの感情を持った目。
「…少しでも興味持ってもらえたなら嬉しいよ。…これだけはしたくないって仕事とかあったりする?写真撮影とか演技とかファンサとか色々あるんだけど…」
「人によって得意不得意あるからね…俺は最初のころファンサ苦手だったな…w」
「…そう…ですね…露出過多な仕事はできないです。腹部が多く出るようなものはちょっと…あと体力がないし運動もできないので過激なダンスはできないです」
幼少期に行った手術の痕。それだけは誰にも見られたくなかった。連鶴やつづりにも。もちろん親友になんて見せたことがない。見た目がえぐいとかそういうことではなくて…気持ち的に後ろ向きになるから自分でも見たくない。完治したわけではないし怖くなるから。以前恋人に見られたときはパニックになって相手の顔面にビンタしてしまった。強引なのは嫌だったしそのまま別れたからいいけど。運動についても多少の運動はできるようになったものの発作が起こったらという不安がある。
「…お腹どうかしたの?」
「15㎝くらいの隠せない傷跡があるので」
「…そっか、聞いてごめんね。わかったよ」
「はい、これで面接は終わり。お疲れ様でした♡」
「結果は後日受かった場合僕たち3人のうち誰かから電話させてもらうからドキドキしながら待っててね。落ちちゃった場合は書面で送らせてもらうよ」
ありがとうございました、失礼致します。と一礼して部屋を出ようとしたとき御器谷椿と目が合った。俺を見て微笑み、声は出ていなかったが『またね鈴』と言った。俺の人生変わるかもしれないと思った瞬間だった。お昼過ぎに来たのだが事務所を出たころにはもう夕方になっていてコンビニで適当に飲み物を買って自宅に帰った。どうなるのか不安を感じながら溜まってしまったデザインの課題をひたすらこなした。
丁度その頃、休憩中の同期組は満足気に談笑していた。
晄「椿今の子気に入ったの?」
椿「うん、すごく良かった。一緒にやりたい」
朔「ふふ、この事務所のいいところって技術面より中身を評価してくれるところだよね」
晄「椿主体のユニットなんだし椿が気に入った子じゃないと前と同じことになっちゃうもんね」
椿「…あんな環境は作りたくないししたくないから。アイドルに興味持ってくれたし汐野鈴合格、二人ともよろしくね」
晄「僕もあの子いいと思うよ。いろんな面で椿を支えてくれそうだし勘が鋭いし周りを見れていたし。初めてじゃない?知る材料になる面接が面白いなんて言った子」
朔「うん、面白い考えしてるなって思った。ほかの子は緊張したとか俺たちと話せて良かったとかが多かったからね。ありがたいことだけど俺たちが探しているのはファンじゃなくて対等にやっていける人だから…。どこにでもいる顔なんていってたけど彼、すごく綺麗な顔してたしルックス面でも問題ないし俺もいいと思う」
椿「ダンスよりも声特化だと思うから指導は朔になるかな。そのときはお願いね」
朔「わかったよ。…これで3人決まったね。あと2人」
晄「面接…あと残り5人か…ふふ、どんなユニットになるか楽しみだね」
椿「うん、ちょっと楽しくなってきた」
数日後。たまたま学校が休みでのんびり課題を終わらせていた。ネックレスと耳飾り…イヤリング、ピアスまたはイヤーカフの作品制作が課題。材料を買いすぎてしまったようで提出用とは別にもう一組出来上がった。ネックレスとイヤーカフ。黄色、白、オレンジの三色でひし形の飾りがついている。うまく形になり満足した俺は余分に作った方を身に着けた。自分で作ったものは市販のものよりも愛着がわき心が満ち足りる。
アクセサリーを付け終わった丁度その時、スマホが振動し音楽が流れだす。電話…やはりきたかと電話に出ると予想通りあの人物からだった。
「…もしもし、汐野鈴君…?」
「はい、鈴です。御器谷さん…ですよね?ということは…」
「ふふ、うん。御器谷椿。…そう、合格おめでとう。」
やはりあのときの『またね』はそういう意味だったようだ。結局友人の言った通りになってしまった。面接をした時から興味が出たのは本当でなってみるのもいいな、と思いはじめていたが友人の言う通りというのは癪だ。また調子に乗られるだろう。
「…ありがとうございます」
「嬉しくない?」
「いえ、そんなことは。…なんとなく合格してそうだなと思っていたので」
「”なんとなく”ね。…結構あからさまにアピールしたんだけどな、俺」
「”またね”はとどめでしょう?心の準備しとけよ、的な」
「…そんなとこ。3日後に顔合わせと詳しい説明するから事務所に来て、1時に」
「わかりました。…あ」
「?何かあった…?」
「顔合わせの前に相談したいことがあるので一度事務所行こうと思うんですけどいつなら大丈夫ですか」
「…晄と朔に言っておく。明日の午後でいい?」
「大丈夫です」
「うん、じゃあそれで。俺仕事で顔合わせの日まで予定空けられないから。…じゃあまた」
失礼します、そういって電話を切った。応募総数がどれくらいだったのかはわからないがその中から選ばれてしまった。あまりにも淡々と物事が進み過ぎて実感が湧かなかった。電話相手は芸能人の御器谷椿、明日会うのはトップアイドルNova…3日後から自身がアイドル…勝手に応募されて仕方なく受けたものだったが不思議とマイナスの感情は生まれることなく…寧ろこれから面白いことが起こりそうな、そんな気がしている自分がいる。
「さぁて…これからどうなるかな…♡」
「ところで汐野くん話って何?…重い話…?」
言われた時間に事務所に来たのだが炬闇さんは丁度今日最後の仕事に出ているらしく白咲さんが話を聞いてくれるようだ。たまたま空いていた小さい会議室に向い合って座る。
「そういうのではないです、芸名を使いたいっていう話を…」
「あ、そういうこと?改まって何か言われるのかと思って吃驚しちゃった」
「ははは…」
「もう決めてあるの?名前」
「決まってます、同じユニットになる人たちにも芸名で名乗るつもりです」
「うん、わかった。朔と椿に僕から伝えておくから教えてもらっていい?漢字も知りたいし…はい、紙」
俺はもらった紙に”汐屋雀”と書いて白咲さんに見せた。病室でつづりと二人で考えた名前。両親と連鶴は名前に鳥が入っていてつづりと俺はそれが凄く羨ましかった。子供だったから何故羨ましく思えたのかとか詳しい事は考えなかったけれど。俺たちも鳥の名前がよかったよね、なんて話をして。その流れでつづりと二人でもう一人の自分をつくろうと使うかもわからない二つ目の名前を考えた。その少し後つづりがモデルにスカウトされ芸名を”汐屋燕”にした。眼鏡をかけているしそこまで顔が似ているというわけではないが兄弟なのは遅かれ早かれわかることだし苗字は揃えないととも思っていたがそれよりも、俺も鳥になりたかった。おいてけぼりなのは悔しい。
「…”汐屋雀”…そっか、お兄さんいるもんね」
「そうですね…そこは合わせないとと思いまして」
「本名は?僕みたいに公開する?しないでおく?」
「しない方でお願いします」
「わかったよ。じゃあ僕らも雀って呼ぶね、改めてよろしく雀」
「こちらこそよろしくお願いします白咲さん」
「…名前で呼んでいいよ?」
「えっ」
「仲良くなりたいのに皆壁があるというか…朔と椿も名前で呼んでくれるまで結構かかったんだよ?…僕名前で呼びづらい雰囲気出てる・・・?」
「…年上だからじゃないですか?」
「んー…それだけかな…?全然名前で呼んでくれていいのにな…」
「それなら…晄さんって呼ばせてもらいますね」
「そうしてくれると嬉しいな、ありがとう」
大先輩の晄さんが嬉しそうに笑いかける。明るくてキラキラしたカリスマオーラを感じる。この部屋に入るまでテレビに頻繁に出るような有名人と何人もすれ違ったがその中でもダントツで晄さんのオーラが強いと思う。なんというかただものじゃない感じ…実際トップアイドルNovaだし、ただものではないのだけれど。
晄さんと別れ、その足でつづりの入院している病院へ向かう。メールで連絡してもよかったが直接報告したかった。事務所近くの駅から電車で数駅の所に俺たちの通う病院は建っている。俺とつづりがよく通っている事と連鶴が勤めている事があり医者や看護師に顔が知られている。今日もお兄さんのお見舞い?なんて声を掛けられることもよくある。
「…あれ?鈴ちゃん?今日来るって言ってたっけ…?」
「ううん、言ってない。今日体調いいの?」
「少しだけね~♡でも流石に外出許可はくれなかったぁ」
「当たり前でしょ。そんなの出したらまた仕事するじゃん」
「バレちゃった」
いつもの会話をしてつづりの横にある椅子に座る。
「鈴ちゃんが言わずに来るなんて珍しい。何かあったの?……ううん、違うね。何か”する”んだ?」
「うっわ怖ぁ…つづり昔からそういうとこやたら鋭いよね。きもちわる~」
「ひっどいなぁ鈴ちゃん、これでもお兄ちゃんなんだからね僕。…それで?何するつもりなの?楽しい事?」
「アイドルになるよ」
「へぇ、アイドルかぁ。鈴ちゃん思い切っt…………え?アイドル?急にどうしたの??」
つづりが一瞬フリーズしたのが凄く面白かった。笑っていると早く話せと急かされ続きを話した。
「…なるほどね。そっか…鈴ちゃんも鳥になるんだね」
「そ。俺もやっと鳥になれるんだよ、いつの間にかつづりに置いてかれちゃってたけどね」
「え~、そんな風に思ってたの~?」
「全然?思ってないよ?」
「嘘だぁ…。でも僕は今羽休めしてるしきっと鈴ちゃんあっという間に高いところまで行ってるんだろうな」
「それはどうだろうね。6人グループみたいだし」
「6人?…鈴ちゃん、事務所フリプロだったよね?」
「そうだけど?」
「…ふふ、そっかそっか…♡」
急につづりが何かを思い出したのか顔をふにゃっとして幸せそうな顔で笑うので疑問に思っているとごめんねと言ってから続きを話始めた。
「ふふ、もしかしたら鈴ちゃんのユニット僕の後輩が一緒かもしれないなぁって。この間連絡来てたんだ。オーディション受かったって」
「つづりの後輩ってことはモデルの?」
「うん。たまに仕事一緒になるんだけどね、高校生なのに僕より身長すっごく高くてクールなの!すっっごく可愛いからすぐわかるよ♡」
「かっこいいのか可愛いのかよくわからないんだけど…?」
「ふふ~♡詳しく聞いた訳じゃないからたまたま同時期のオーディションだったのかもしれないし間違いだったらごめんね?」
「そこで確認とらないあたりがつづりだよね」
「ドキドキ感あったほうがいいでしょ~?だから名前も伝えないからね~♡」
と話したところで診察の時間だったのか担当医と付き添いの連鶴が病室に入ってきた。3兄弟揃ったこともありやたらうるさく賑やかだった。診察中は俺と連鶴は廊下に出て先ほどつづりに話した事をそのまま伝えた。連鶴は顔を歪めて否定的な言葉を言った。
「体治ってないことはお前が一番よく知ってる事だよな?正直つづりとお前が心配だ。体弱いのに生活リズムが崩れるような仕事ばかり選んで…俺みたいに医者になれとは言わないし、好きな事をやってほしいとは思ってるけど……つづりみたく倒れたら即刻辞めさせるからな」
「連鶴が誰よりも俺たちのこと思ってくれてるのはちゃんとわかってるよ。薬もちゃんと飲むし体調管理は気を付ける。約束するよ」
「それならいい。がんばれ鈴。……あぁ、でも可愛い弟たちを独り占めできなくなるのは辛いッッ!!!」
「えぇ…つづりも俺も連鶴のじゃないんだけどー。それに連鶴には嫁さんと子供ちゃんいるじゃんか~」
「ふふん、小鳥も大きくなったんだぞ♡また遊びにくるといい!めっちゃくちゃ可愛いから嫁との2ショットみるか?尊さで死ぬ」
「連鶴の相手がめんどくさいけどこっこちゃんと遊ぶの楽しいからそのうち行くよ」
連鶴は大学で知り合った方と結婚し子供も授かった。小鳥ちゃんというが俺やつづりは”こっこちゃん”と呼んで可愛がっている。兄の溺愛ぶりは弟から妻と娘に向けられこっち側にはこないとおもっていたのだがやじるしはまだ向けられているようだ。
暫くすると診察が終わり二人に一言”俺なりに頑張ってみるから見守ってて”と伝えて帰った。
その頃にはもう、これからが楽しみで楽しみで仕方がなくなっていた。 ―――
―—―目が覚めると見慣れた白い天井。ピッピッピッと一定間隔で鳴るの電子音。俺と似てる顔とユニットのリーダーが顔をのぞかせる。…あれ、呼吸がしづらい。息がうまく肺に入ってこない。…あぁ、そうか。俺、練習中に倒れたんだ。意識を飛ばしている間、夢を見ていた気がする。倒れたのが随分久しぶりで自分に何があったのか思い出すのに時間がかかる。できないフリ付けがあって何度も何度も同じ曲をかけて何時間もダンスの練習をしていた。なんてことないはずの運動量。いつも同じくらい練習をするし問題ないはずだった。自分でも訳が分からなかった。類瀬が来てくれたのは覚えているけれどその後の記憶は曖昧で。目だけ動かして周りを見ているとすぐ二人は俺が起きたのに気付いた。
「起きたか、良かった」
最初に口を開いたのは連鶴だった。安心したような落ち着いた声だが顔は少し怒っているようにみえた。
「ある程度こいつに聞いたからお前は何も言わなくていい。暫く大人しくしてろ馬鹿弟。つづりだけでいっぱいいっぱいなのにお前まで倒れやがって」
連鶴は小言を言いながら担当医に連絡入れるからと病室を出た。椿に目を向けるとほっとした顔をして微笑みかけてくる。
「…起きて良かった、起きなかったらどうしようかと思った……大丈夫?」
「…だい、じょうぶ…まだ、ちょっとくるしいけどね……どれぐらいねてた…?」
「3、4時間かな。遅い時間だったし他の皆は連絡して帰したよ。…皆心配していたから明日にでも連絡してあげてね、俺も一言入れておくけど俺からより雀からの方が安心すると思うから」
「…椿が病院…連絡してくれたの…?」
「…藍が遅いから見に行ったら…大変な事になってたからね。雀の鞄漁ったからごちゃごちゃにしちゃった、病院の連絡先を手帳に挟んでてくれてよかったよ」
話をしたら段々と呼吸も元に戻ってきたようでそこでやっと椿の表情がいつもの無表情と違うことに気が付いた。
「…言わなかった事…おこってる?」
「少しね。…知ってたらもう少し何か出来たかもしれなかったでしょ?」
「…ごめん」
「いいよ、連鶴さんから全部聞いた。雀が言いたくないことを俺から言うつもりはないから皆には黙っておく。…でも、ちゃんと言ってほしかったよ」
「…ありがと…ごめん」
いつもなら笑顔で”いつもなら平気なのにね~!”と返せたが今はとてもじゃないができなかった。最初から言う気なんてなかったし最後まで隠し通す予定だった。体調もよかったし搬送されるなんて思わなかった。兄弟では末っ子だけどBudではお兄さんの方だから弱い所なんて見せたくなかった。…違う、そんなの本当の理由じゃない。本当は怖かったから。ただ怖かった。椿は深く聞かないでくれるからそれに甘えてしまったけれど本当はそれではいけないこともわかっている。…それでも。
「鈴」
声を掛けられてハッとする。声を掛けたのは椿ではなくいつの間にか戻ってきた連鶴。兄の顔ではなく医者の顔で俺に話しかける。
「先生には連絡入れておいた。今日はこのまま入院。診察と検査が明日からあるからそのつもりで。いつ退院できるかはまだ未定。で、御器谷椿。事務所のお偉いさんにこの診断書だして無理やり休み取ってくれ。ホワイトだろ?フリプロ」
と連鶴はずけずけとした物言いで一枚の紙を椿に渡し椅子に座る。紙を受け取った椿はわかりましたと行ってからまた明日来ると言って帰っていった。椿を見送った後連鶴は、はぁーと深いため息を吐いてから俺の顔を覗き込んだ。
「お前、今回危なかったの自分でわかってるんだろ?」
「…久しぶりにやばいと思ったよ、でも平気だったでしょ?」
椿が帰り後ろめたい気持ちが薄れたからかいつもの自分がするように笑顔で話した。自然な笑顔で、冗談を言うみたいに。何もなかったと自分に言い聞かせるように。連鶴は俺をじっと見てから小さい子にするみたいに頭を優しく何度もなでる。
「無理に笑わなくていいぞ鈴。…よく頑張ったな、怖かったな」
「…あーあ。もうばれちゃった」
兄さんには敵わない。怖かった。死ぬかもしれない怖さを思い出すのが。皆にバレるのが。これ以上見透かされるのが嫌で連鶴から顔を逸らす。
「…『アイドルやめろ』って言う…?」
アイドルになるとき連鶴とした約束。”倒れたら即刻やめさせる”…再入院になってしまったし俺たちの事を第一に考えてくれるこの兄ならやりかねない。つづりの時もかなりもめていたのを思い出す。不安に思っていると連鶴が口を開く。
「…言ったとしてお前やめるのか?」
「やめない」
「だろ。お前今の仕事してるの楽しいんだろ?Budの奴らが好きで好きで仕方なくてあいつらのところに居たいんだろ?」
そうだよ。全て当たってる。目の前で俺を見ていたわけではないのに気持ち悪いくらい的確だった。きっとテレビも雑誌も見てくれていたんだろう。Budが好きだといった番組もBudが家だと言った記事も全部目を通しているのだろう。兄弟が大好きな連鶴ならそれをやってもおかしくない。
「戻りたいなら今は少し休め。…あとすぐじゃなくてもいいからちゃんと言えよ?あいつらに」
本当は言いたくない。墓場まで持っていきたい。この弱さを見せたくない。
「……うん」
「よしよし♡」
連鶴は小さい頃のようにわしゃわしゃ頭をなで繰り回す。乱暴なのに少し落ち着くのだから不思議だ。最初に入院したときもこうしてくれた。気付かないうちにお互いに癖がついているのかもしれない。
「こういう時兄貴なんだなって思うよ」
「はぁ?お前より8つ上なんだからな??」
いつもの調子で話し続けてくれる兄の言葉に安心したのか気付いたらそのまま眠りに落ちていた。
幸い、あの頃と違って身体が大人になったのもあってか短期間で退院することになった。水も飲まずに運動をし続けた事で突発的に発作が起こってしまったのだろうという話だ。耳が痛くなるほど長い薬の説明と注意を聞いて退院しその足ですぐ事務所に向かった。短期間といっても仕事にかなり穴をあけてしまったしその穴を埋めてくれたのは他でもないBudの皆。椿は入院中何度も顔を見に来てくれたが他の皆とは会っていなかったから早く会いたかった。事務所のレッスン室に顔を出すと休憩中だった皆が駆け寄ってくる。持病のことは椿がうまく言ってくれたようで深くは聞かれなかった。類瀬だけは全く納得していない顔をしていたけれど。久しぶりのメンバーと顔を合わせこの中にいれることが幸せだと改めて感じる。そして体調を完全に戻した俺は仕事に復帰しBudの汐屋雀としてアイドルという仕事に戻った。5人が俺がいつ戻っても大丈夫なようにしておいてくれていたからすっと戻ることができた。何十回ありがとうと言っても全然足りない。最後の仕事で一緒だった桃にありがとうと伝えると
桃「もう、何回目っすか♪仲間なんだからあたりまえじゃないっすか!雀くんが元気になってくれたことが何より嬉しいっすよ♪」
とへへっと笑いながら抱きついてきた。もう一度桃にありがとうと伝え抱きしめ返す。
ふふ、本当に幸せだな。俺Budでよかった。
入院中何度も考えた。ずっと隠し通してきたこと。俺の弱くて怖がりな部分、恥ずかしい部分をちゃんと伝えよう。そういう結論を出した。でも今すぐには話せそうになくて、かなりの心の準備が必要で。何時間後、何日後、何年後なのかはわからない。けど必ず伝えて弱い俺も見てもらう。少しずつでも。
雀だけでなく鈴とも向かい合って俺の大好きな皆に”鈴”と”雀”の両方を知ってもらうために。
もう怖がらなくて大丈夫だよ鈴、Budは俺の家なんだから。
鈴と雀 END
〈あとがき〉
ラストに悩んで時間がかかってしまいましたが無事雀編完結です。雀の過去話と入院中の会話など語っていなかった部分+雀の弱い部分を中心的に書かせていただきましたよ!Budではお兄ちゃんでも実際は末っ子なのでそういう甘えたな部分もあるんだろうな…と端々にちらつかせながら頑張りました。雀はあまりBud愛をおおっびろにアピールしないタイプですが”家”と呼べるほど安心感のある居場所だと思っています。けして長いとは言えない自分の命が終わるその日までBudのメンバーといられますように。それが汐屋雀としての願いです。
雀と鈴との違いに悩んだ部分も書きたかったけど無理やり入れる必要もないな。ということで今回は入れてない。今後どこかで入れられたらと思っています。
2019/04/20 56
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