「僕がアイドル、ですか」
1歳の頃からキッズモデル、後にテレビドラマでは子役タレントとして芝居の仕事を始め、恥ずかしながら演技を褒められることが増えていき、初めての映画では恐れ多くも主役を貰うことが出来た。現在15歳になる僕はこのまま役者としてこの世界を生きていく…そう思っていた矢先の出来事だった。
12歳離れた実の兄である花笠静真は芸能事務所のプロデューサー兼マネージャーを務めている。仕事とプライベートはきっちりと分けていて、とてもストイックな性格だ。そんな兄のことを僕は尊敬しているし、役者として仕事をしていく上で学業との両立も大変な僕を時には優しく支えてもくれる、頼りがいのある自慢の兄。
「一人はフリプロのオーディション、もう一人はスカウトで拾ってきた」
ハッと我に返って現状に気付いた時には話がどんどん進んでいた。どうやら僕に拒否権は無いらしい。突然呼び出され、何を言われるかと思えば”アイドル”という今の今まで考えたこともなかった単語。それが兄の口から飛び出してきたのだから頭の整理が追いつかない。
……アイドル。容姿端麗、眉目秀麗の男女がステージ上でファンにキラキラとした笑顔を振り撒いて、歌って踊る…そんな、華やかなイメージ。間違ってはいないはずだ。自慢ではないけれど僕はこの世界が長い。近頃Novaという二人組のアイドルグループがテレビで連日話題となっている。その彼らが正しく”それ”なのだから。普段の仕事でアイドルと共演することなど滅多にないのだけれど、活躍する舞台は違えど芸能界という同じ世界に存在する彼ら。如何なる時も失礼のないよう、僕は芸能情報を隈なくチェックしている。
……ああ、ようやく頭が追いついてきた。
僕は、アイドルには向いていない。
「…あの、お言葉ですが僕は役者です」
「誰も役者を辞めろとは言っていない」
どうしよう、話が全く見えない。
「初主演の映画、お前あれで歌っただろう。これは上から来た話なんだが…俺も京真は歌でもやっていけるんじゃないかと見てる」
……バンド活動を題材とした、学園モノ青春映画。僕はこの作品で主人公のボーカリストを演じたばかり。歌なんてこの仕事を受けるまで真剣に歌ったことなんてなかったし、どちらかと言えば苦手なほうで。ただ主役になりきって全力で”演じた”までだった。幸いにもテレビやネット、雑誌での映画への評価は上々だったようで、初主演という大きなプレッシャーをどうにか乗り越えることが出来たし自信にも繋がった。
そんな、役者としてこれからも頑張っていこうという時に……?
「俳優業は今後も続けて、新たにアイドル活動も始めてもらう」
アイドル。
……この僕が、アイドル。
「さっきも伝えたが今回はお前一人じゃない、同じユニットとして活動してもらうメンバーが二人いる。奥の部屋に呼んでるから顔合わせに行くぞ」
「え!?」
兄の仕事の速さには毎度驚かされる。
頭の中がぐるぐるして、今回はまだ何も呑み込めていないというのに、あまりにもとんとん拍子で話が進んでいく。
言われるがまま事務所の奥にある客間のほうへ歩く。一度整理しよう。二人ということは僕を含めこのアイドル活動は三人で行うということだ。オーディションとスカウトと言っていたけれど、元々どこかの事務所に所属していたりする経験者なのだろうか…?スカウトは素人さんの可能性が高い。役者としてはともかく、アイドルとしては僕も素人のそれと同じだ。
一体、どんな人達なんだろう。
「すまない、待たせたな。鳳くん、千堂くん」
兄が呼んだ”おおとり”と”せんどう”という名前の二人。一人は金髪にヘアバンドをしていて、若干目つきがキツい印象。もう一人は水色で片方の髪の長さが違う、瞳の色が赤と青なのも印象的だ。初対面の彼ら二人と数秒無言で見つめ合った後、水色の彼がこちらを向いたまま目をぱちくりとさせ突然明るい表情で第一声を発した。
「僕見たよ映画!!すんごい格好良かった!!」
座っていたソファから身を乗り出す勢いでこちらに手を伸ばしてくる水色の彼。金髪の彼も水色の彼の行動に一瞬驚いた様子だったのだけれどすぐに「ふは、」と砕けて笑って見せたおかげで優しげな印象がついた。
「千堂くん行儀悪いで、マネージャーさんも居るんやし落ち着きや」
「だって花笠京真だよ!有名だよね!僕、生で芸能人初めて見た!」
「あ、ありがとうございます」
嬉しかった。
水色の彼…千堂さんが伸ばしていた手を取り きゅ と握るとニコニコと満足そうに笑ってくれた。ああ、アイドルに向いている顔だな、と思った。
「早速だが本題に入るぞ。二人にも事前に話しているが、今回はうちの花笠京真とユニットを組み三人でフリプロからアイドルとしてデビューしてもらう」
持っていた書類を僕らの目に入る机上に一枚ずつ広げて並べ、兄が説明を始めた。
「これが契約書。正式にうちの所属タレントとして鳳くんと千堂くんの名前を登録することになるから、サインと印鑑をここに」
僕も事務所に入った時に渡された書類だ。
堅い文面だと思うのだけれど、心なしかペンを握る二人の表情が緩んでいるように見える。憧れた世界へ今から足を踏み込む、そんな期待と希望に満ち溢れた表情。なんだか二人が眩しかった。キラキラ、していた。まだ素性がよくわからないというのに、僕は不思議とこの二人に惹かれていた。
「うん、確かに」
契約書を受け取った兄も業務中に珍しく満足そうな顔をしている。
「俺は書類を出しに一旦席を外すから、三人で自己紹介でもしあって待っていてくれ」
そう言ってパタパタと小走りで客間から出ていってしまった。
先程初めて顔を合わせたばかりの二人の視線が一気に僕へと集中する。
「自分マネージャーさんと兄弟なんやってな、並ぶとよう似とるわ」
目を細めて笑い、最初に口を開いたのは金髪の彼…鳳さんだ。
標準語ではない…と、思う。とても気さくな話し方で、いつの間にか第一印象とは全く違うイメージへと変わっていた。自慢の兄と似ていると言われ、とても鼻が高かった。人を見た目で判断してはいけないのだ。
「…鳳さんがオーディション選考、ですか?」
「ん?ああ、ちゃうちゃう。俺がスカウトで千堂くんがオーディション」
「そうだよ!僕ロゼが好きでアイドルになろ~って思ったんだ」
その場で立ったまま話を始めると、先に向かい合って座っていた二人に笑いながら手招きをされたので入り口から近かった千堂さんの隣に座った。
「ロゼってRosette Torteですよね?アリスと白兎、二人組の…エスプロ所属なのでうちのタレントではありませんが」
「えっ」
「まさか知らんかったんか」
「芸能事務所は沢山ありますからね、今やフリプロと同じくらいエスプロも大きいですし…事務所は違いますけど、アイドルとして活動していればいずれ何かのお仕事で共演出来る機会はあるかもしれませんよ」
そっか~、と気の抜けたような声を出してから机に用意されていた包み紙に入ったチョコレートやクッキーなどのお菓子をおもむろに物色し始め、紙コップに入ったオレンジジュースを美味しそうに飲み干す千堂さん。おかわり出来る?と周りをキョロキョロする千堂さんの姿が目に付いたのか、偶然客間の近くを通りかかったスタッフの翠里さんが気を利かせて新しい飲み物を用意してくれた。満たされて落ち着いたのか千堂さんが、自己紹介する?と話を戻してきたので二人の素性をようやく知ることとなる。
「名前まだ言うてへんかったよな。俺は恋慈。恋愛の”恋”に慈愛の”慈”で恋慈。説明すんのこっ恥ずかしい名前やねんけど」
「素敵なお名前ですよ」
「ほんまかぁ?苗字と合わせたらむちゃくちゃ画数多いしな、親恨むで」
と言いながらも照れ臭そうに笑って見せる鳳さんはきっと家族のことを大事にしている優しい人なのだと思う。乱暴な言葉遣いに聞こえるけれど、人柄の良さが滲み出る嫌味のない話し方をする鳳さん。
「ご出身は?」
「聞いての通りコッテコテの関西やで。俺昔っからダンスが好きで本格的に勉強したいなあ思て、高校からこっちに一人で来たんや。ダンス専門通っててな、友達と一緒にずっと路上でパフォーマンスしててん。そんなある日マネージャーさんに声掛けられたんやけど、ぶっちゃけアイドルになれるとは思ってもなかったわぁ」
「……今おいくつですか?」
「19やな」
「あ、僕は18だよ~!」
なんとなくそんな感じはしていたのだが、二人とも僕より年上だったという事実が判明した。
「僕は天!青空じゃなくて天使とか天の川の”天”!さっきも言ったけどロゼが好きで~、本当は高校卒業したらお菓子作る学校に行こうかなって考えてたんだけどそっちよりアイドルになりたかったから辞めちゃったんだよね」
「なりたい思うて実際になれるんやから凄い奴やな千堂くん」
日々新たなアイドルを発掘・夢を追う若者たちを応援する為、定期的に開催されているフリプロ芸能オーディション。今話題の人気アイドルNovaが所属する事務所というだけあって、応募はとてつもない数だと耳にしたことがある。その中から選ばれた一人…兄も立ち会ったことだろうし、千堂さんはきっと何か魅力ある才能を秘めている人なのだろう。
鳳さんと千堂さんは望んでこの世界に足を踏み入れた。
…僕は、気付いた時にはこの世界に居た。昔から両親と兄が僕を子役として育てることに熱心で、その期待を裏切らないようにとにかく必死だった。今では仕事を楽しいと思えるようになったけれど、小学生の時は本当に嫌だった。仕事を抜け出して放課後に友達と沢山遊んでみたかったし、学校の行事にも沢山参加したかった。ドラマの仕事が入って早退が多くなってきた頃、クラスメイトから「テレビに出てるからって、調子に乗ってる」と陰口を言われたことも、友達のお母さんに「京真くんは子どもらしくない」と言われたこともあったけど僕にとってはこれが”普通”だった。…芸能人だから既に”普通”ではないことは自覚しているつもりだけれど。ずっと大人にまみれて生活していたせいか、”らしくない”等と言われてもよく解らない時がある。おかげで特別親しい友人はいない。
僕は、自ら望んでこの世界に足を踏み入れたわけじゃない。
…況してや今回は、アイドル。役者とはまた違う新たな仕事。一から勉強し直さなきゃならない。キラキラと眩しいこの2人と、一緒に。
「きよ?どうしたの?」
突然、声を掛けられてハッとした。横を見ると赤と青の大きな瞳がパチパチと2回瞬きをする。
「なんや顎に手添えて険しい顔しとったで」
目の前に座る鳳さんがそう言って、笑いながら僕の真似をした。
これは兄にもよく言われることなのだが、僕は考え事をすると顎に手を添えるという癖があるらしい。傍から見るとまるでオーギュスト・ロダンが制作した有名なブロンズ像”考える人”そのもので少し滑稽だった。
……それよりも。
「千堂さん、”きよ”って…?」
つい反応してしまった。
確証があったわけではないのに、こちらを見て声を掛けるものだから多分そうなのだろう。千堂さんは僕の問いにニコニコと笑っている。
「話しながらずっと考えてたんだけど、”きょうま”だから”きよ”がいいかなって。あだ名」
「ちなみに俺は”れんれん”な」
「覚えてたの?!」
「アホか!花笠くんがここ来るちょっと前の話やぞ、忘れへんわ」
どうやら鳳さんは既に”れんれん”というあだ名を千堂さんから付けられていたらしい。
「きよ…ですか」
「嫌?」
「………いえ、あだ名なんて初めて付けられたので…嬉しいです」
「れんれんとお揃いできょんきょんも候補だったんだけど」
「きよでお願いします」
「即答かい!俺とお揃いそんなに嫌なん?」
「あ、いえそういうわけでは…!」
失礼なことをしてしまった、と思い慌てると鳳さんが冗談だと言って笑ってみせる。
「花笠くんほんま素直っちゅーか真面目っちゅーか…多分、言われたことド直球に受け取って考えてまうタイプやろ?偏見やけど芸能人ってもっと態度でかいんやろなぁ思うてたから拍子抜けしたわ、俺こういうノリやし本気で怒ってるわけちゃうねんけど気ぃ悪くさせてたら堪忍な」
性格を見透かされたようでドキッとした。
この世界では芸歴が長ければ長いほど実年齢に関係なく”先輩”として扱われてきた(実際に僕より年上の役者さんも敬語で接してくる)が僕はそれがとても苦手で、芸歴は気にしないという独自の勝手なルールを作った。そうしていると腰が低いと思われたのか、今まで敬語だったのに途中でコロっと態度を変えて偉そうに振る舞ってくる人もちらほらいたけれどそれはそういう人なんだと思って気にしないことにした。
芸能人だから、という理由で態度を大きくしようなんて僕は一度も思ったことがないけど、芸能人に対してそういう印象があるということはやはり”そういうこと”なのだ。嫌なイメージを脱却出来たらいいのだけど…この性格のせいで鳳さんに気を遣わせてしまったことが申し訳ない。
ふと視線を感じて目をやると2人がニヤニヤしながらこちらを見ているので、何かと思えばまたあの癖が出てしまっていたらしい。少し恥ずかしくなって、僕は小さく咳払いをしてから両手を膝の上に置いて背筋をピンと伸ばした。
「これからこの3人でやってくんやし、手始めにお近づきの印っちゅーことで俺も天と京真って呼ばせてもらおかな」
「え~!?急に馴れ馴れしい!」
「初っ端からワンクッションもなくあだ名で呼んできた奴が何を言うとんねん」
「お笑い精神旺盛なれんれんの為にボケてあげたんだよ」
「偉そうにドヤ顔かますな!」
「なるほど…千堂さんと鳳さん、ボケとツッコミで凄く良いコンビになると思います」
「こらこら真面目な顔でこれからアイドルになる人間を芸人扱いしたらアカンで」
「す、すみません」
「あ~!れんれん、きよのこと苛めないで!」
「苛めてへんわ!」
「盛り上がっているところ悪いがそろそろ入ってもいいか?」
声がした方を向くと、書類を出しに行った兄がいつの間にか戻って来ていたらしく客間の入り口から顔を覗かせていた。
「”きよ兄”遅かったね~!」
「”マネージャーさん”やろ」
「いや、俺のことも遠慮なく”しずしず”等と呼んでくれて構わないが」
「ええ…兄弟揃って突っ込みにくいわー…」
「……途中から聞いてたんですね」
先程の契約書とはまた別の書類を抱えた兄が、空いている鳳さんの隣に座った。
「これは3人の衣装デザイン画だ」
一見お揃いに見えるがそれぞれ色の使い方や装飾にバラつきがあり、3人が全く同じデザインというわけではなかった。イメージカラーも既に決められているらしく鳳さんはオレンジ、千堂さんは黄色、僕は緑で果物を連想させる。ポップという表現が一番近いのだろうか。鳳さんは「動きやすそうやなあ」と上々の反応を見せているのに対し、さっきまで明るく楽しそうだった千堂さんの表情が何やら曇っている。どうしたのか尋ねると「ロゼみたいな衣装が良かった」と口を尖らせて言うので、人気アイドルと同じ路線でいくわけにはいかないとみんなで上手く諭した。
よく見ると衣装画に”Citrus”という単語も添えられている。
「気付いたか?ユニット名は”Citrus”」
「シトラス…」
「新人としてデビューするフレッシュな意味合いも込めて名付けたんだ、アイドルらしい爽やかさもあるし覚えやすいだろう。そういえばちゃんと挨拶していなかったな、プロデューサーとしても今後Citrusのバックアップをしていくマネージャーの花笠静真だ。よろしく」
───……それからの日々は忙しかった。
初めの大きな壁はデビュー曲の練習。歌には自信があったが、どうしても慣れないダンスは恋慈さんが夜遅くまで付きっきりで教えてくれた。天さんはとても器用な人で、ダンス経験が全く無いと言っていたのに一度振りを見て覚えるとレッスンの先生とほぼ同じ動きをすぐにマスターしてしまう。これには恋慈さんも開いた口が塞がらないという様子だった。レコーディングでも度肝を抜く歌唱力を見せたのが天さんだ。恋慈さんは歌が少し苦手らしい。…それぞれ得意不得意があるなか何でもこなしてしまう才能の塊がいる。あのオーディションを勝ち抜いてきただけのことが頷けるがCitrusのセンターを任されたのは僕なのだから天さんに負けるわけにはいかない、といつしか小さなライバル心が芽生えていた。
…当初、アイドルには向いていないと思っていたのに今では新たなこの仕事にとてもやりがいを感じている。苦手なダンスのステップが上手く出来たとき、恋慈さんと天さんがまるで自分のことのように喜んで褒めてくれた。役者の仕事をしている時は一人で黙々と台本を覚えていたし、学校に特別親しい友人もいなかった僕にはこの環境の何もかもが新鮮で、ただただ楽しかった。
自宅の玄関には額縁に入れられた”幸福”という意味を持つ白詰草の綺麗な押し花が飾られている。僕の誕生花だ。仕事や学校に出掛ける前に必ず見つめている。
今日も良い日でありますように、と。
「恋慈さん、天さんおはようございます!」
「おはよーきよ!」
「おはようさん、今日も頑張ろな」
シ ロ ツ メ ク サ
Citrus結成秘話でした。
本当はデビュー日を5月9日(京真の誕生日)にするつもりだったんだけど年齢の関係でおかしいことになるのでやめちゃった…その名残でタイトルがこれなのでラスト無理やり使った感満載。後半走ったので京真が2人のことを名前で呼ぶ経緯も出せずに最後いきなり現在軸で喋り出してます。また加筆修正しますがひとまず終焉。京真と天がぶつかる話もいずれ書くぞ~。
2018.12.10
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