【もう一度だけ】
エレベーターの件があってから城崎さんはご飯だけでなく帰りも誘って来るようになった。俺を気遣っての事なのか話しかけてくる回数も以前より増えたような気がする。毎日誘われると断る方が面倒になってきて、行ってもいいかなと思い始めていた。これから仕事も増えて時間を共にする事も増えるだろうしこのまま避け続けるのも限界があるし。

「炬闇くん、今日はご飯一緒にどう?」
「…いいですよ」
「!いいの?やった」
「今日はもう帰れますし…たまには外食もいいなと思っただけです」
「いつも自分で作るの?」
「…一応。大したものは作れませんけど」
「そうなんだ?ふふ、じゃあ荷物持ってくるね。ちょっと待ってて」
「わかりました」

城崎さんは嬉しそうに小走りでレッスン室に走っていきすぐに戻ってきてどこに食べに行こうかと話し始める。俺は店に詳しくないから結局城崎さんにお任せしたのだけど。城崎さんの車に乗せてもらい行きつけだという店に連れて行ってもらう。城崎さんは嬉しそうに鼻歌を歌いだしたり俺の顔をじっとみたり浮かれている様だった。

「ふふふ♪」
「城崎さん嬉しそうですね」
「うん、いつも断られちゃうから」
「…それは、すみません」
「ふふ、謝らないでよ。こうやって話す事もあまりないから今日はたくさん話したいな」
「…そうですか」
「僕炬闇くんの事まだ全然知らないし炬闇くんも僕の事知らないでしょ?同じユニットなんだから話しなきゃ」
「…朔でいいです。貴方のほうが年上なんですから」
「いいの?…じゃあ僕の事も名前で呼んで」
「え…本名と芸名、どちらでお呼びすれば…?」
「好きな方で構わないよ」
「…考えておきます」
「うん、じゃあ早速朔って呼ばせてもらうね」

朔。城崎さんは俺の名前を呼んで笑顔で話しかけてくる。少しくすぐったい。笑いかけてもらえるのが嬉しくて、あの眩しい笑顔に惹かれて羨ましいと思っている俺もいて…一度思い出された感情は消しきれなくて。もう期待しないって決めたのにな。つい城崎さんの顔を見つめてしまう。

「朔、ついたよ」

少しすると目的の店に着いたようで案内される。いかにも都会っぽいオシャレな洋食店。あからさまな人気の店というよりは隠れた名店…みたいな雰囲気。店内に入ると外観の割りにそこまで大きくなくて落ち着ける感じ、お昼のピーク時を過ぎているからか人も少なく安心した。席に案内され座るとメニューが渡されたがどれを頼んでいいのかわからずおススメと書いてあるのをアイスココアと一緒に頼んだ。

「どの料理もおいしいんだよココ。…お話しよ朔♪」
「俺の何が知りたいんですか」
「んー…この前の事聞いてもいい?」
「…最初にそれですか。忘れてほしかったですけど助けていただきましたしいいですよ」
「僕助けたといわれるほど大したことしてないよ?」
「…俺狭いところと暗いところダメなんですよ。…恐怖症でパニック状態になって」
「それでああなっちゃったんだ。あの時飲んでた薬は?」
「精神安定剤」
「…なるほどね、話してくれてありがとう」
「…引いてないの?」
「引く?なんで?」
「…あんなに取り乱したし精神疾患持ちだし」
「引いてないよ?朔の事知れて嬉しい」
「…は…?」
「誰だって苦手なものはあるし、たまたまとはいえ僕に教えてくれて嬉しいよ。もっと朔のこと教えて?できれば僕の事も知ってほしいな」
「…変な人」
「そう?仲良くしたいだけなんだけどな」

普通精神安定剤なんてもの所持していたら何かしら思うところがあるだろうに…城崎さんは聞く前と何も変わらない顔で話す。
話しをしていたらあっというまに注文した料理が運ばれてきた。テーブルに並んでから気付いたが城崎さんの注文した料理はほとんど野菜で肉などこってりな…カロリーの高そうなものはなかった。どちらかというと女性が好みそうなヘルシー志向な料理。俺はおススメだった三種のプレート。ライスとサラダのセットでバランスがいいメニュー。

「…」
「どうしたの?食べていいんだよ?」
「…城崎さん野菜好きなんですか?…女性が好みそうな料理だなって」
「あぁ、僕体型変わりやすいから気を付けてるんだ。美味しいよこれ、一口食べる?」
「自分のあるのでいいです」
「そう?…朔は何かやってるの?体型維持」
「…全然何も。食べても太らないので」
「ほんとに?羨ましいな」

気付けば自然に会話をすることができた。城崎さんはいつもの明るい表情で話しかけてくる。城崎さんがどう思っているのかはわからないけれど最初のころより警戒は緩み苦手意識はなくなっていた。食事中もポツポツと会話をしお互い料理を食べ終わる。城崎さんが言う通りとても美味しかった。久しぶりに満足感の得られる食事をした気がする。会計を済ませ外に出ると城崎さんが口を開く。

「ふふ、美味しかったでしょ?」
「はい、とても。ありがとうございました」
「うん、また食べに来ようね。朔この後時間ある?」
「?…予定は入れていませんが」
「よかったら買い物一緒に行かない?」
「…いいですよ」
「ふふ、ありがとう♪じゃあ乗って乗って♪」
「どこに行くんですか?」
「着いたらわかるよ♪」

いつもなら断っていたと思うが今回は考えず自然に答えが出ていた。久しぶりな事が多すぎて無意識にはしゃいでいるのかもしれない。自分でもよくわからなかった。案外目的のショップは近場にあったようですぐに車を止め、こっちだよと城崎さんに案内される。大きな化粧品の専門店。化粧はメイクさんにやってもらっているし特に手入れをしていたわけでもないから俺には無縁の場所だった。

「ここ、ですか?」
「ここだよ。朔はどのブランドの使ってるの?おススメとか教えて」
「…何もしてないです。洗顔だけで…」
「え!?嘘!!?何もしてないの!??」

俺の少し前を歩いていた城崎さんはバッと俺の方を振り向き俺の顔をむにむにと触り始める。むにむにむにむにと俺の顔を嘘でしょ…と言いながら触り続ける城崎さんがおかしくなって笑ってしまった。

「ふっ…ふふふ、あははっ変なの」
「だっておかしい…何もしてないのにこんなに綺麗なんて…」
「ふふっ…何もしてませんてば」
「……朔、初めて笑ったね」
「?…あ」
「やっと笑った、朔そうやって笑ってる方が可愛い。もっと笑ってよ」
「…忘れてください」

自然に、笑えた。可愛いと言われた。城崎さんといると調子が狂う…思い出されたあの感情がもう消えてくれないことは確かだった。城崎さんはにこっとしてから俺の手を取り行くよと引っ張っていく。

「わっ…ちょっと」
「朔にスキンケア教えてあげる。もっと肌綺麗になるよ♪」
「え…でも…」
「僕たちまだ全然ひよっこだけどアイドルなんだから♪僕のおススメはこれとこれでしょ。あと…」
「あの」

城崎さんはその後俺にスキンケア用品一式を買ってくれた。カゴに入れる度説明をしてくれたが何を言っているのか全くわからなかったのだけど。城崎さんも何点か買っていたようで明日事務所で試してみようね、と気分よく言ってくる。俺も城崎さんの笑顔につられてか自然に微笑んではい、と答えた。

「ねぇ朔、僕には敬語じゃなくてもいいんだよ。」
「え?」
「確かに僕の方が年上だけど同期だし同じユニットなんだから…気使わなくていいよ」
「…わかった」
「うん♪」

その後は城崎さんが家まで送ると言ってくれたが一人で帰りたいと断り城崎さんと別れた。
楽しかった、と久しぶりに思えた。同じ面接を受けてたまたまユニットを組むことになって…ビジネスパートナーとしか思っていなかったはずなのに。本当は今日一日城崎さんに付き合って、他人は信用ならないと再確認しようと思っていた。再確認をして元の俺に戻るために。思い出された感情を消すために。でも、城崎さんは名前通り明るくて優しくてにこにこしてて日の光みたいにあったかくて…。そう考えていた事などすぐに忘れ、笑えなくなってた俺が自然に笑えた。今後城崎さんと肩を並べて歩き同じステージに立つことになるんだな、そう考えたら自然に口元が緩んだ。
再確認するはずが”この人なら大丈夫かもしれない”…その思いが強くなっただけだった。

「…あれ…」

考え事をしながら歩いていたせいか曲がる道を間違えたようだった。本来曲がるはずだった道の2つ前。通ったことのない道だ。小さい店が何軒も並んでいて客層は中学生くらいから子供連れのお母さん…女性が多い印象。引き返して家に帰ろうとも考えたが興味が出てしまい引き返すことなく再び歩き始める。小さなカフェに雑貨屋…視線を少し先に向けると本屋と花屋もある。ちょっとしたお食事処もあるみたいだ。今日は見るだけにして今度大学の帰りにでも寄ってみよう、そう思いながら雑貨屋を通り過ぎようとしたときだった。屋外に設置されたテーブルに花モチーフのアクセサリーが多く並べられている。一番左の手前側に目がいった。白い花の髪飾り、少し大きめで後ろを見てみるとバレッタとは違うパチンと挟むタイプの金具が付いている。白…城崎さんの担当カラー。
白、あの人の色。

「欲しいな…」

城崎さんの暖かさを再び思い出したからか口に出してしまった。近くにいた店員さんがこちらを向き目が合う。

「そちらの商品可愛いですよね、一点ものなんですよ~」
「一点もの…?」
「はい、全部組み合わせとか花の種類が違うので同じものはないんですよ」
「へぇ…」

よくみると同じものに見えて違うものがいくつもある。ビーズ細工に違いがあったり配色が違ったり。花本体はかなりリアルな造花でぱっとみ本物の花に見える。

「背の高いお姉さんかと思ったらお兄さんだったんですね、モデルさんですか?」
「よく間違われます。…いえ、そういうのではないです」
「ふふ、失礼しました。そちらの髪飾りはプレゼントにお考えですか?」
「…いや、あの……自分用…?でも…こういうの付けたことないので…」
「横の髪につける方が多いですが…お兄さんは髪が長いので後ろ髪につけてもいいと思いますよ」
「…変じゃないですか?俺が付けても」
「全然!髪の色と花、色合いもよくてお似合いだと思いますよ」
「…これください」
「ありがとうございます!お会計しますね、こちらへどうぞ!」

話しやすい店員さんでよかったとほっとしながら会計をすませ今度こそ自宅へ向かう。買ってしまった。一点ものと言っていたから仕方ないが結構いい値段だった。付け方もよくわからないままだから後で調べてみよう。何故欲しいと思ったのだろう。あの人の色だから惹かれたのだろうか…?毎日同じレッスンをしているとはいえまともに話したのは今日が初めてだったし少し話をしただけなのに…。

何故だ何故だと考えているうちにあっという間に自宅に着きテレビをつけベッドに座る。鞄から買ってきた髪留めを取りだし手鏡を見ながら髪につけてみる。

「…花が大きいから前髪に着けるのは違うよな…後ろ…」

右耳の少し上あたり。横の髪の毛を少しとり留めてみる。

「…変じゃないかな…?…なんでこんな女の子みたいな事してるんだろ」

段々恥ずかしくなってきて髪留めを外し机に置く。やっぱりエレベーターのあの件から変だ。あれをきっかけに俺の中の色々なものが変わった気がする。
今までは何とも思わなかったのに何故今こんなに寂しいんだろう。あんなに毛嫌いしていた城崎さんに会いたいって思うんだろう。

ベッドに寝そべり目を閉じる。俺はそのまま眠りに落ちた。普段ならなかなか寝付けず何度も目を覚ますがその日は何故か途中で目が覚めることも悪夢に叩き起こされることもなく朝までよく眠れた。




初めての食事から数か月経ったが白い花の髪飾りを買ったものの結局気恥ずかしさで付けられなかった。
一回目の食事以降、何回か城崎さんと外食に行った。食事に行く度「表情柔らかくなってきたね」と言われるようになった。少しずつ城崎さんへの警戒心が薄れてきた実感はある。ため口で話すのも自然になってきたようだ。

「城崎さん、おつかれさま。お先に」

「うん、朔おつかれさま。またね」

レッスンが終わり、まだ明るいうちに帰ろうと急いで駅に向かう。レッスンや仕事もこなせるようになり体も慣れてきたことで心に余裕が出来てきたのかもしれない。帰りの電車に乗り込み赤く色付き始めた空を眺めながらあることを思い出した。

「(…名前で呼んでって言われたんだっけ…)」

キラさん?ヒカリさん?向こうが朔と呼ぶなら晄?年下ならさん付けで呼ぶべきなのだろうか?と考え込んだ。そうするといつの間にか最寄りの駅に着き何処にも寄らず自宅へ。帰り道白い花や白い雲、ピンク色のハート模様など城崎さんのイメージカラーを連想させるものを見つける度城崎さんが思い浮かんだ。家に着き荷物を置くと机の端に追いやられた白い髪飾りが目に付く。結局付けられずそのまま放置されていたその髪飾りを俺は手に取った。



「おはよう。…あれ」
その日は城崎さんの方が一足早く楽屋に着いたらしく驚く声が聞こえた。少し遅れて楽屋に入る。
「…おはよう」
「おはよう朔、今日は僕が早かったね。…?」
慣れた敬語ではない挨拶を交わした後城崎さんはスッと立ち俺の方へ歩み寄る。きっと気付いたのだろう。
「珍しいね、髪飾り付けてる」
「…本当は前から持ってたんだけど恥ずかしくて付けてこれなかった。…その…似合う?変じゃない?」

と不安が隠し切れない声で言うと城崎さんは触るよと安心させる声で言った後髪を結び直してくれた。少しすると後ろから いいよ。と声が掛けられ鏡を渡される。つむじから右耳の後ろあたりまで綺麗に編み込みがされており白い花で留まっている。

「さっきのも可愛かったけどそっちのほうが可愛い。すごく似合ってるよ」

とにっこりと笑いかけてくれた。その言葉と笑顔を見た俺は考える前にそれを言っていた。

「…白は晄の色だからどうしても付けたかったんだ。……晄に笑ってほしくて」

晄は驚いた顔をしていたけれどそっかと言って先ほどより優しく、嬉しそうに笑って頬を撫でてくれた。その時の自分の顔がどんなだったのかはわからないが警戒心が全て抜けた柔らかい声で話していたと思う。このときに否定するのをやめ素直に認めた。そうすると今までいろんなものが絡まって重く圧し掛かっていた心が解れて軽くなった気がした。
認めた。人を拒絶し続けた俺は、晄の太陽みたいな明るさと優しさに惹かれて忘れていた元の自分を取り戻してきていること。鬱陶しいビジネスパートナーだと思っていたが今は”隣にいて安心する大切な人”になっているということ。晄にとっては当たり前だったのかもしれない。とても単純な理由なのかもしれない。でも俺にとっては大きな出来事で大きな変化で……。
もう隠す事はできないと気付いた。

”城崎晄が好きだ”ということを。
 


【あの頃を糧に】
「ふふ、俺がちゃんと笑えるようになったのそれからだったなぁ…」
俺はあの頃よりも大きくなったベッドで寝転がり髪飾りを見ながら思い出していた。俺を照らしてくれた光…そんな光をも最初は飲み込めるって思ってたんだよ。俺の闇なんかより晄の暖かい光の方が何倍も心地よくてすぐに消えちゃった。晄の提案で前に住んでいた部屋もとっぱらい晄とマンションで同居している。かなりの高層で空が良く見える。昼間は日が差して暖かいし夜はとても星空がきれいだ。星空を見上げるのが好きだと言ったことを覚えていてくれたのだろうか?いきなり一緒に住もうと言われたときは吃驚したし、了承したとたん渡された鍵にも驚かされた。もし断っていたらどうしたのだろう?断るつもりは全くないが。了承したからには、と一人で眠れないと話したらキングサイズのベッドを買ってくれた。二人で寝ても余裕な大きさ。おかげであの頃よりよく眠られるようになり薬に頼ることも減った。

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